田中俊介は、彼の母が退院することになったその日、久しぶりに近所の園に行くことにした。
母の病気が長引く中、彼は疲れ果てていたが、園の静けさが心を癒してくれることを期待していた。
桜の花が咲き誇るその場所で、俊介は小さな頃に撮った写真を思い出していた。
遊具で遊ぶ姿、母が優しく微笑む顔。
そんな日々は遠い過去のものとなってしまった。
しかし、近づくにつれ、園は異様な雰囲気を纏っていた。
いつもは賑わっている子供たちの声がなく、ただ風が吹き抜けるだけだった。
俊介の心に不安が募る。
彼は一人で遊びに来ていたわけではないのに、何故かここには誰もいないのだろう。
そんな疑問を抱きながら、彼は少しずつ園を散策し始めた。
やがて、俊介は遊具があるエリアに差し掛かった。
ブランコは揺れているが、誰もそこに座っていない。
不気味な静けさに包まれ、興味本位で近づいてみる。
彼がブランコに手を触れた瞬間、さっと背後で誰かが囁いた。
「俊介…、遊ぼうよ。」その声は、彼の耳元でまるで母のように響いた。
驚いて振り返るが、誰もいない。
頭の中で思い描いていた母の笑顔が、急に彼の心を侵してくる。
「どうして遊ばないの？」再びその声が響く。
母は病気のせいで弱り果てていたが、かつては元気だった。
俊介は小さい頃、母とこの場所で遊んだ記憶が鮮明に広がる。
彼は声の主を探して、園の奥へ進んでいった。
その時、一瞬のうちに視界が暗くなり、周囲の風景が変わっていく。
まるで彼が見ている景色が過去に戻ったかのようだった。
小さな子供たちが遊び、母が優しく見守っている光景がふと眼前に現れる。
彼は目を疑った。
これが現実なのか、ただの夢なのか。
しかし、その平和な情景はすぐに崩れた。
急に子供たちの笑い声が歪み始め、母の表情も曇り、俊介に向かって悲しそうに手を伸ばしてくる。
出てきた影は彼を包み込み、冷たい手が彼の肩を掴む。
「おいで、俊介…ここにいて…」陰のある声が耳元で囁く。
その瞬間、俊介は恐怖に駆られ、必死に走り抜けた。
必死で逃げるうちに、彼は迷い込んだのは古びた小屋だった。
そこには無数の桜の花びらが散乱しており、上からは淡い光が差し込んでいた。
その光は、まるで母が以前ここにいたことを示しているかのようだった。
必死に逃げ惑いながらも、俊介はその光に引き寄せられるように近づいた。
しかし、その瞬間、父親の声が頭の中で鳴り響いた。
「お前には行く場所があるんだろう。」その言葉は、彼に心のどこかで感じている因縁を思い出させた。
母はどれほど彼を愛していたのか、そして病に倒れた時に、彼がどれほど無力だったか。
それが彼の心に重くのしかかる。
「私は、あなたを失いたくない。」その言葉が彼の心を揺さぶった。
俊介はその光に向かって手を伸ばす。
すると、温かい感覚が彼の手に宿り、さまざまな思い出が心の中で閃いた。
母との日々、そして彼女が望んでいたこと。
彼は決心する。
「私は、あなたを忘れない。」心の底から叫んだ瞬間、暗闇が晴れ、目の前の光が明るくなった。
気がつくと彼は、再び園に戻ってきていた。
周りの静けさは消え、子供たちの楽しげな声が響いていた。
母の姿も見えない。
彼は知った。
母が彼に残したもの、それは思い出ではなく、彼自身が持ち出口を見つけるための力だった。
園の静寂から目を覚ました俊介は、改めて彼女を心に抱きしめ、未来へ進む決意を新たにしていた。
