桜の季節が訪れ、町中が薄ピンクの花で彩られる頃、隆一は幼なじみの恭子から一本の電話を受けた。
彼女の声は少し震えており、「お墓参り、行こうよ」という誘いに、隆一は少し戸惑った。
そんな時期に墓参りをするというのは、何か特別な理由があるのだろうかと思いつつ、彼は承諾した。
数日後、彼らは父親が眠る墓地へと足を運んだ。
小さな丘の上に位置するその墓は、周囲の桜の木々の陰に隠れ、いつもよりひっそりとした佇まいだった。
隆一が墓前に立って手を合わせると、恭子はじっと墓石を見つめている。
その表情には、どこか深い思索が伺えた。
「どうしたの?」尋ねると、恭子は一瞬驚いたように目を見開いた。
「あのね、おじいちゃんの話を思い出したの。何年か前に、彼がある場所でお墓を見たと言ってた。そこには、”生きている” と書かれた石があったって」と彼女は言った。
隆一は不思議に思った。
生きている…それはどういう意味なのだろう。
彼らはその話をしながら、次第に薄暗くなっていく空を見上げた。
その時、彼は背筋に寒気が走るのを感じた。
どこか異様な気配を感じたからだ。
恭子はひょっとすると何かを見つけたのか、自らの思いを打ち明けながら「事故の後、しばらくしてからおじいちゃんの声が聞こえる気がしたって言ってたの」と続けた。
その話を聞くうちに、隆一は胸の奥に不安が広がっていくのを感じた。
しばらく静かにしていると、恭子が突然立ち上がり、周囲を見回した。
「隆一、何か波動を感じない?」彼女の表情は一変していた。
隆一も同じように感じていた。
風が止まり、周囲の音も消えた。
まるで時間が止まったかのようだった。
彼らは立ち尽くし、その場で何かが起こるのを待っていた。
そして、突然、桜の花びらが散り始めた。
それは彼らの足元から空中へと舞い上がり、まるで何かを誘うかのように流れていく。
恭子はその情景に魅了され、目を輝かせた。
「あの花びら、何かのお知らせかも。」彼女はそう呟いた。
その瞬間、隆一は自分たちがいる場所に異様な感覚を覚えた。
まるで時空が歪んでいるようで、周囲の景色がふわふわと揺れて見えたからだ。
やがて、彼らの目の前に現れたのは、彼らの知っている姿だった。
人影はぼんやりとしており、顔がぼかされたようになっている。
しかし、隆一はその影を見て、ひどく苦しげな表情を感じ取った。
それはまるで、過去と現在の狭間にいるかのような人。
恭子も気づいたらしく、恐る恐る声を出した。
「あなたは…おじいちゃん?」その一言が周囲の静寂を破った。
影はゆっくりと身を震わせ、何かを語ろうとしている。
ただ、それが何かを理解することはできなかった。
隆一は胸が締め付けられるような恐怖を覚えながらも、恭子をしっかりと支えた。
その時、影は彼らの目の前で消え、その瞬間、周囲の風が再び動き出した。
温かく、穏やかな風に包まれた彼らは、あまりの出来事に声が出ず、ただその場で立ち尽くしていた。
やがて、桜の花びらが散り、恭子はその光景に思わず泣き出した。
「今、彼はまだここにいるのかもしれない」と、その言葉にはどこか確信が感じられた。
二人は静かに心の中でその影に別れを告げ、花びらが触れていた場所を後にした。
彼らはこの不思議な体験を胸に、これからの生活を大切に生きることを決意した。
生を受けた者として、あの瞬間に戻ることはできないが、彼らの心の中には、確かに「生きている」証が残っているのだと感じたからだった。