彼の名は健二。
普段は書店で働いている普通の男だったが、夜になると本の世界にどっぷりと浸かることが趣味だった。
特に怪談や心霊に関する本が大好きで、 shelfの隅にはいつもそれらの本が並べられていた。
ある晩、健二は閉店後に書店の奥で一冊の古びた本を見つけた。
タイトルは「間の向こう」。
表紙は擦り切れていて、いつのものかは分からなかったが、彼の心を引き寄せずにはいられなかった。
興味をそそられた健二は、その本を持ち帰り、自室でページをめくった。
読むほどに、不気味な雰囲気がただよっていた。
その本には、ある人々が「間」と呼ばれる不思議な現象について書かれていた。
間とは、物理的な空間の狭間であり、そこには通常の時間や次元とは違った存在があると言う。
そして、その「間」に足を踏み入れた者は、二度と戻れないという警告が記されていた。
健二は、その記事を読み進めるうちに、不思議な禁断の好奇心に駆られた。
「これはただの話かもしれない」と思いつつも、その間に浮かぶ異次元の映像が気になり始めた。
何かが彼を引き寄せていた。
その晩、健二は眠りにつくと、夢の中でその「間」に入り込んでいた。
漫然とした光景の中に、彼は立っていた。
周囲には歪んだ風景が広がり、時間の流れも感じられなかった。
かすかに聞こえるささやき声が、彼を呼ぶように響いていた。
魅惑的でありながら、どこか不気味な感覚に包まれた。
声の主は、彼自身の過去の記憶であったり、彼が忘れてしまっていた人々のささやきであったりした。
健二はその中に引き込まれ、心の奥底に埋もれていた恐怖や後悔が呼び起こされていく。
彼はその場に留まり続けることを選んだ。
だが、夢の中で何時間も過ごすうちに、次第に周りの風景が黒くなり、彼を締め付けるような圧迫感が増していった。
気がつくと、その声はもう彼を呼ぶことはなく、ただ虚無に吸い込まれていくかのような静寂に包まれた。
彼は動けなかった。
目を覚ました時、健二は全身を汗でびっしょり濡らしていた。
夢の中での出来事がまるで現実のように感じられ、不安が彼の心を覆っていた。
そして、頭の中には何か重要なメッセージが残っている気がしてならなかった。
次の日、彼は再びその本を手に取り、現象について深く考え始めた。
そして、いくつかのページを読み返すうちに、彼の心に引っかかっていた言葉が浮かび上がった。
「間には注意せよ。そこには思いがけない出会いと別れが待っている。」と。
健二はそれを信じることができなかったが、彼の中で何かが変わり始めていた。
彼は恐怖と共に、その間の存在を心に留め、今後本を介して迷い込むことがないようにと願った。
しかし、その数日後、再び夢の中で彼は「間」を訪れ、そこに彼の愛する人が待っていた。
そして、「ずっと待っていたよ」と彼に微笑む姿は、一瞬の迷いを見せた。
彼はその瞬間、自らの心の中の決断に揺れる。
結局、健二はその本が生み出す「間」の存在に取り込まれてしまい、二度と戻ってこなかった。
何かを求めて迷い込む者は、必ず何かと引き換えにする運命を背負うのだ。
彼の傍にあった本は、古びたままで静かに棚の上に鎮座していた。
次の読者を待ちながら。