ここは静まり返った一つの学校。
放課後の教室は、まるで幽霊に取り憑かれたかのように薄暗く、壁の色は次第に黄ばみ、机は古くなっている。
五十嵐という名の生徒は、自らの影に怯えながらも、何かに魅せられ、好奇心を抑えきれずにいた。
彼の通う学校には、伝説があった。
毎年、夏休みが終わるとともに、一人の生徒が行方不明になるというのだ。
そして、その生徒が最後に見たのは、校庭の大きな木だった。
その木は古くからあるもので、まるでこの学校の中心に根を張るかのように、強くそびえ立っている。
その木の周りには、常に不気味な雰囲気が漂っていた。
五十嵐は、それが実際に何を意味するのか知りたかった。
一人で木のもとへ行くのはもちろん恐ろしいが、心の奥に引っかかるものがあった。
友人たちがその話をすると、誰もが笑って「大げさだよ」と言ったが、五十嵐だけはその陰に潜む真実を求めていた。
彼は決心し、夏休みの最後の日に一人で木のもとへ行くことにした。
その日、夕陽が西の空を赤く染めている中、五十嵐は木の下に立った。
大きな幹は薄汚れた苔に覆われており、その陰に人の気配を感じることができない。
しかし、風が吹くと共に、木の間から囁きが聞こえてくるかのようだった。
「帰れ…帰れ…」という声が。
彼は背筋が凍りつく思いをしながらも、無理やりその場に留まった。
心の中で「これが私の運命か」と考える。
ふと目の前の木が大きく揺れ、その瞬間、五十嵐の視界が歪んだ。
目の前に現れたのは、かつてこの学校に通っていたという生徒の姿だった。
しかし、その顔には絶望が浮かび、目は虚無に支配されていた。
「私を助けて…」と脆い声で呟くが、五十嵐にはどうすることもできなかった。
ただ恐怖だけが彼を包み込んでいた。
不気味な気配がますます強まる中、五十嵐はその場から逃げ出そうとしたが、足が重く感じられ、動けない。
背後からは誰かの視線を感じ、振り向くと、無数の影が彼を取り囲んでいた。
彼らの目は、まるで憎しみを持った敵のように光り、その存在感が心の奥に響いてくる。
木の声が、再び彼に囁いた。
「敵はお前の中にいる…。帰れ、お前の世界へ…」
五十嵐は混乱し、自分の存在意義を問うようになった。
彼は学校生活の中で周囲からの嫉妬や敵意を受けていたことを思い出し、それが自分をこの場所に引き寄せていることに気がついた。
その影は彼の心の中の敵、すなわち彼自身が抱える恐れや葛藤だったのだ。
「もう帰ろう、自分を捨てるつもりはない」と心の中で決意した動きが、足の軽さを取り戻させた。
明るい未来へと続く希望の光が見え、一瞬のうちに現実が変わった。
五十嵐は、木から離れ、学校の敷地を真っ直ぐ駆け出した。
その後、彼の身に何が起こったかは誰にも説明できなかった。
翌日、友人たちと話をすると、夏の間のさまざまな出来事や噂は変わり果てており、生徒たちの中には姿を消した者もいた。
しかし、五十嵐には何事もなかったように思えて、彼は新たな自分を見つけた。
夏休みが過ぎても、木の影は校庭に鎮座し、誰も近寄ろうとはしなかった。
しかし五十嵐は知っている。
木はただの木ではなく、恐れと向き合うための試練の場所であったのだと。
あの晩の出来事は、彼にとって一生忘れられない教訓になった。
敵は他人にではなく、自分の内に存在することを理解し、彼はこれから歩み続ける。