「月見の池に響く声」

村は静寂に包まれ、時折吹く風が木々を揺らす音だけが響いていた。
ここは古くからの伝説に彩られた場所で、住民たちの生活はその伝説に影響されていた。
特に「怪」と呼ばれるものについて語られる話は多く、誰もが一度は耳にしたことがある。

村の中心には「月見の池」があり、そこに近づくと時折何かが「え」と声を上げているような音がするという。
それは決して心地の良い声ではなく、むしろ人々の心に恐怖を与えるものだった。
しかし、この話を信じない若者たちもおり、特に彼らは「そんなのはただの言い伝えだ」と一笑に付していた。

そんなある日、村の若者たちが集まることになった。
リーダー的存在の翔と、彼の友人の直樹、そして控えめな性格の美咲が参加することになった。
彼らは特に興味を持っていた月見の池を訪れることを決めた。
この夜、彼らは肝試しを兼ねてその伝説を試すことにしたのだ。

夕暮れ時、三人は池へと向かう。
翔は「大丈夫だって、どうせおばあちゃんたちの昔話だよ」と笑いながら言った。
しかし、直樹は不安そうな表情を浮かべていた。
「やっぱり、ちょっと怖いな」と声をかけるが、翔は「大丈夫だよ、来た以上は最後までやろう」と切り捨てた。

やがて彼らは月見の池に着いた。
月の光が水面を照らし、夜の静けさの中に神秘的な雰囲気を醸し出していた。
翔は友人たちに向かって「この池の水を一口飲んでみるか?」と提案した。
直樹は一瞬ためらったが、結局翔の誘いに乗ることになった。

水を飲むと、彼らは異変を感じ始める。
最初はほんの少しの違和感だったが、次第にそれは大きくなり、胸の奥から「え」という声が響き渡るような感覚が広がった。
特に美咲はその声に怯え、何かが背後に潜んでいるのではないかと心配になった。

「やめて、何かいる!」美咲が叫ぶと、その声が周囲に響いた。
彼らはそれに気付くと、振り返るが何も見当たらない。
焦りが募る中、翔は「大丈夫だって、何もないよ。ただの水だよ!」と元気づけようとする。

しかし、その瞬間、池の水がざわめきだし、何かが水面から顔を出した。
一瞬の静寂から生まれた重苦しい空気の中、彼らは恐怖に身を縮めた。
目の前に現れたのは「怪」と呼ばれる存在で、そこにはかすかな笑みが浮かんでいた。

「この村に来る者は、この池の水を飲む運命なのだ…」その声は不気味な響きを持っており、まるで暗い過去の影が語りかけてくるようだった。
翔は逃げ出そうとしたが、足が宙に浮く感覚に襲われ、彼は立ち尽くしてしまった。

「え、私は、私たちは、ただ遊びに来たのに…」直樹も動けずにいる。
その時、美咲が心の中にある強い感情を振り絞り「私たちは悪くない!何も知らなかった!」と叫んだ。
すると、怪は一瞬、目を細めた。

「知らぬ者の声を聞く者がいるとは…」その言葉と共に、空気が揺れ、彼らは冷たい風に襲われた。
そして目の前に立つ怪が瞬時に消え去る。

三人はそれぞれ自分の心の中に抱えていた恐怖を抱えたまま、その場を逃げ出した。
村が一望できる高台に辿り着くまで彼らは息を切らして走った。
そこから振り返ると、池は静まり返り、まるで何事もなかったかのように見えた。

「もう二度とあそこには近づかない」と直樹が呟いた。
彼らはその言葉を心に刻み、村の伝説の奥深くにある恐怖を再確認したのだった。
時が経つにつれ、村人たちは噂を続けた。
月見の池にはまだ「え」という声が響いている、と。

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