静かな山の中にある小さな園。
そこは、人々が集い、笑い声が響く楽しい場所だった。
しかし、誰もが忘れようとする一つの伝説があった。
その園には、かつて狼と呼ばれる男が住んでいた。
彼の名は健太。
がっしりとした体格で、目つきは鋭かった。
人々は彼を恐れ、近寄ることを避けた。
健太は、誰にも知られたくない秘密を抱えていた。
彼は実際に狼人間であるという、恐ろしい運命を背負っていたのだ。
夜になると、健太は月の光に呼ばれ、園の外へと出て行った。
満月が空に浮かぶ中、彼は暗闇に姿を消し、狼としての本能を取り戻していた。
健太はその夜に人の姿から抜け出し、自由に山を駆け回ることを楽しんでいた。
だが、彼はその狼としての姿を恐れ、日中は人間として振る舞うことに苦しんでいた。
ある晩、彼はかつての親友と再会することになった。
名前は亮。
亮は健太の秘密を知らず、ただ彼を「優しい狼」として思い出していた。
久しぶりの再会に亮は嬉しそうに微笑む。
しかし、健太はその笑顔を見て、自分の呪いを思い出し、内心で葛藤が生まれた。
月明かりの下、二人は園を散歩していた。
健太は亮に秘密を打ち明けたいと思う一方で、彼を危険に晒すわけにはいかないという思いが交錯していた。
「月が綺麗だ」と亮が言うが、健太の心には不安が渦巻いていた。
「最近、あの園の周りに、変な音が聞こえないか?」亮が問いかけた。
健太は心臓が高鳴った。
「そんなことはない。ただの風の音だ」とごまかした。
だが、彼の本当の不安を知らない亮は、楽しげに笑った。
園に住む人々が禁忌とする「蔽(おおい)」の神の存在が、実は彼のすぐ近くに潜んでいることを、二人とも知らなかった。
さらにその夜、健太は無意識のうちに狼としての姿を現す。
肉体が変化し、顔が歪んでゆく。
亮に気づかれないようにしなければならないと焦った瞬間、桜の枝がパキリと音を立て、亮が振り向いた。
彼の目は驚愕に包まれ、健太の変貌に気が付いてしまった。
「お前、本当に狼だったのか!」亮の声が響く。
健太は自分の中の化け物が目を覚ますのを感じた。
だが、今さら逃げることもできない。
動けない彼に対し、亮は恐怖に震えながら後ずさり、逃げる準備をしていた。
だが、その瞬間、健太の中にある生き物が封印を解こうとしていた。
「私だ、健太だ!」彼は吠えながら叫んだ。
だが、声は狼のそれに変わり、呪いの真実が露見する。
「ごめんなさい…」と亮は言った。
その言葉が彼を引き寄せるように、健太は声を失った。
その夜、園の静けさが消え去り、狼の音が響いた。
明かりが消え、恐れが蔽(おおい)かけ、二人の関係は崩壊を迎えた。
亮は恐怖に逃げ、健太は自分自身を制御できずにいた。
朝を迎えると、園は静まり返っていた。
健太は意識を取り戻し、何が起こったのか全く理解できなかった。
周囲に亮の姿を見つけることはできず、彼の声は遠く過去の幻のように思えた。
森の中には、彼の狼の姿が存在していたが、心の中には輝かしい思い出だけが残っている。
あの夜、健太は自分が何を失ったのかを知ることはなかった。
狼の姿は決して消えず、彼の心に深い影を蔽(おおい)続ける。
夜が来るたび、彼の中に宿る化け物は再び目を覚まし、自らの存在を問い続けた。
どんなに人間に戻りたいと思っても、彼は永遠にその心を抱えて生きねばならなかった。