深い山々に囲まれた小さな村、「月影村」。
この村は、古くから不思議な現象が巻き起こることで知られていた。
その中でも、特に語り継がれているのが「回る影」の伝説だった。
村では夜になると、空に昇る満月の光に照らされて、村の中央にある古い石塔の周りに、黒い影が回り続けるという。
その影は、まるで誰かが永遠にその場を回り続けているかのようだった。
村人たちは、この影が不吉なものであると恐れ、その近くには近づかないようにしていた。
ある日、村に一人の若者、佐藤健一が訪れた。
彼は都会からやってきた観光客で、面白い話を聞いて興味津々だった。
村人たちから「月影村には回る影がある」という話を聞くと、彼はそれを是非見てみたいと思った。
村人たちは「近づいてはならない」と警告したが、健一はその好奇心を抑えきれず、夜になるのを待った。
夜、月明かりの下、健一は石塔の周囲に自らの足を進めた。
満月が高く上がる頃、彼は遂にその場所に到達した。
そこには、真っ暗な影が回り続けていた。
驚くべき光景だったが、誰も見たことのないその影には、どこか謎めいた存在感が漂っていた。
「本当に不気味だな…」と健一は呟き、持っていたカメラでその影を撮影し始めた。
周囲は静まりかえり、月明かりだけが彼の顔を照らしていた。
影は回り続け、まるで彼に向かって何かを訴えかけているようにも見えた。
その時、突然、健一の背後から声がした。
「そこに近づいちゃダメだ!」振り返ると、村の老人、藤田が立っていた。
「回る影は、封印された亡霊がその場を彷徨っている。この影を見てしまった者は、次第にその影に取り込まれてしまうんだ!」
しかし、健一は恐怖に駆られるどころか、興味が湧いてきた。
「どうして亡霊が現れるんですか?」と尋ねると、藤田は深いため息をつき、話し始めた。
「昔、この村では悪事を働いた者がいて、その者の影が未だに此処に残っていると言われている。彼の欲望は果てしなく、彼は人々から望んだ物を奪うことを繰り返していた。それが故に、村が不幸に陥り、最後には彼自身が罰を受けたんだ。だが、その影は永遠に回り続けているのさ。」
健一はその話に興味を持ちながらも、不安が胸をよぎった。
「俺も影に取り込まれるのか?」その瞬間、影が急に彼の方へ向かってくるように感じた。
「あなたもこの影に魅了されているのだろう。さあ、戻りなさい!」藤田は健一を引き戻そうとしたが、その時、影が彼を捕らえた。
そして、健一の身体が徐々に動かなくなっていく。
「おい、健一!しっかりしろ!」藤田は叫んだが、健一は視界が暗くなり、次第に影の中に引き込まれていくのを感じた。
彼の心の中ではさまざまな希望が渦巻いていたが、それと同時に恐ろしい絶望感が押し寄せていた。
「戻れない…戻れない!」彼の心の中で叫びつつ、ついに影の中心に到達した。
周囲がぐるぐると回り、健一はその中でまるで一つの存在になってしまったかのようだった。
藤田は手を振り回し、叫び続けた。
「健一、立ち向かうんだ!お前の意志を取り戻せ!」しかし、健一の心はまるでその影に侵食されているかのように、いつの間にかその声が遠のいていく。
時間が経つにつれて、村は静まりかえり、その夜の出来事は誰も語ることができなかった。
月影村に訪れた健一は、直後にその影の一部となり、永遠に回り続ける運命を背負ってしまったのだった。
また新たな「回る影」が村に生まれたことを知らずに。