「月影に誘われた未練の少女」

秋の満月が高く昇る夜、舞台は静かな田舎町の小さな神社であった。
この神社は長い間、地元の人々によって大切にされてきたが、近年は訪れる者も少なくなっていた。
町の人々はこの神社に伝わる怪しい言い伝えを忘れつつあり、その存在感は薄れていった。

そんな神社に、大学生の佐藤健太は興味を持ち、友人とともにその夜に出かけることにした。
彼らは肝試しのつもりで、昼間には賑やかだった神社に行ったものの、静まり返った雰囲気に少しばかり気後れしていた。
それぞれが少しずつ不安に思いつつも、彼らは神社の本殿に近づいていく。

「大丈夫、大丈夫。誰もいないからこそ、肝試しにはうってつけだろ」と、明るく振る舞う友人の高橋が言った。
だが、言葉とは裏腹に、暗闇の中に包まれた神社の神々しい姿には、どこか不気味なものが秘められているように見えた。

本殿の前に立つと、月の光がその薄暗い場所を照らし、神社の背景にある古い木々が影を落とす。
健太たちは、月明かりの下でこの神社の紹介として語られる伝説を思い出した。
ある満月の日、神社の神様が人々に美しい少女の姿を見せ、彼女と出会った者は生涯の幸福を得るという。
しかし、その少女は同時に、失ってしまった者たちの未練を吸い上げる存在でもあった。

「美しい少女が現れたら、必ず目を逸らすなって言われたな」と、高橋が冷やかしながら言った。
「いわく、見た者は彼女の虜になり、結局何かを失うんだって。」

その言葉に、健太はふと思いを馳せた。
彼には、かつての恋人がいた。
彼女の名は美咲。
高校時代に付き合っていたが、彼女は突然の事故で亡くなった。
その喪失感は、今なお彼の心に影を落としていた。
月明かりの中で、美咲の面影が一瞬浮かぶ。
しかし、彼が悩んでいる間に、友人たちの声は次第に遠くなっていった。

突然、神社の本殿から鈴のような音が響いた。
その瞬間、月が雲に隠れ、周囲が闇に包まれた。
驚く健太たちの視界の片隅に、何かが動いたことに気づく。
暗闇から現れたのは、一人の少女だった。
彼女の姿は雨にも垂れていないように、儚く、そして美しかった。
その美しさに、健太は一瞬心を奪われた。

「美咲……?」健太は思わず声を漏らした。
少女は微笑み、彼に向かってゆっくりと近づいてくる。
彼はそのまま彼女を見つめ続けた。
美咲の姿は、彼が忘れたことのない美しさを持っていたからだ。
だが、意識のどこかで、彼女が彼の中に埋もれた未練そのものであることを感じ始める。

「あなたは私を見つけてくれたのね」と少女が囁く。
その声はどこか懐かしく、彼を誘うように甘い。
彼女が近づくにつれ、彼の心はどんどん惹き寄せられていった。
しかしその時、健太の背後で高橋が突然叫び声を上げ、仲間たちが逃げ出そうとする動きに気づく。

「おい、待て!彼女は……」と、同時に健太は気づいてしまった。
少女の持つ美しさは、自らの心の奥底に巣食う未練の反映であり、目を逸らすべき存在だったことを。
視線を逸らす瞬間、少女の表情は変わり、一瞬の恐怖の感情が彼の中を貫通した。
彼はその美しさが彼に何かを奪うものであると理解する。

「逃げろ!」と叫び、高橋たちを追いかけながら健太も後に続く。
彼らは神社を振り返ることなく、暗闇の中へと恐れをもって走り去った。
満月が雲に隠れたままの夜、神社には、月の光に照らされて一人佇む少女の姿が残るだけだった。
その彼女は、失った者たちの心の中で生き続けることになるのだ。

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