「最後の癒しの場」

静かに佇む街の片隅には、数年前に廃れたとされる小さな医院があった。
白いペンキが剥げ、窓には埃が積もり、どこか物悲しい雰囲気を醸し出している。
その医院は「癒」の場所として知られていた。
かつては多くの患者が訪れ、ここで心と体の痛みを和らげていたが、ある日を境に患者は次第に訪れなくなり、医院は姿を消してしまったかのように放置されていた。

噂では、その医院の最後の医者は、年老いた女性であったという。
彼女は患者一人一人の命を大切に扱い、いかなる病でも優しく寄り添う「真」の医者だった。
ところが、彼女が病に倒れた日、奇妙な現象が街に巻き起こった。
町の人々は、次々と命を失っていくという不幸な運命に見舞われた。
そして、彼女が亡くなったと同時に、医院の扉は閉ざされ、誰もその場所に足を運ぶことはなくなったのだ。

それから数年が経ったある晩、若者のジョージは友人と共にその医院に肝試しに行くことにした。
彼は真実を探ることに興味を抱いており、廃医院に秘められた謎を解き明かそうとしていた。
友人たちとの興奮した話に交じって、彼は不思議な気持ちを持っていた。
彼にとって、かつて訪れた「癒」の場がどうなっているのか、見届けたかったからである。

医院の扉が軋みながら開くと、そこには暗がりに包まれた待合室が待っていた。
薄暗い灯りのせいで、埃にまみれた椅子がまるで亡霊のように見えた。
ジョージは勇気を振り絞って中に踏み込んだ。
その瞬間、冷たい風が彼を包み込み、不気味な感覚が背筋を走った。
友人たちは、すぐに不安を覚え、外に出ることを提案したが、ジョージは一人で進むことに決めた。

彼は医院の奥へと進むにつれ、何か温かく心地よい気配に引き寄せられるように感じた。
古びた廊下の先に、彼が求めていた部屋があった。
そこには医者の白衣が無造作に置かれ、机には古い診療記録が散らばっていた。
彼がその記録を手に取ると、ページが勝手にめくれ、かつての患者たちの名前が浮かび上がってきた。
全ての名前には生き生きとした病歴や診療詳細が記載されており、医者が愛情を持って書き綴ったことを感じた。

すると、その時、彼は霧のようなものが浮かび上がり、その中心から一人の老女の姿が現れた。
彼女は優しげな笑みを浮かべ、まるで彼を受け入れるかのように立っていた。
ジョージは驚きと恐怖で言葉を失った。
しかし、その女性は静かに語りかけてきた。
「あなたも、他の人々と同じように、ここに来る理由があるのでしょう。癒しを求めて。」

恐ろしくも美しいその言葉に、ジョージは胸を打たれた。
彼は自分自身の内なる痛みが何であるか、自問自答を始めた。
彼には心の奥底で抱えていた問題があった。
自分は孤独で、誰かとつながりたかったのだ。
医者は、そんな彼の気持ちを知っていたかのように微笑み、無言のまま、その場の癒しを与えようとしていた。

その瞬間、彼は幼少期の記憶を思い出した。
愛する人々との別れ、心の傷、それら全てが彼の心に重くのしかかっていた。
老女の優しい視線が彼の胸の内を見透かし、自らの命の重みを悟らせた。

気がつくと、周囲は再び静寂に包まれていた。
老女の姿は消え、部屋にはただの静けさが漂っていた。
ジョージは、心の中に一つの強い決意を抱いていた。
彼は自分の過去を受け入れることを決意した。
出会った人たちの思い出や、愛されていた日々は、自分が生きている証なのだ。
それを胸に刻み、これからの人生に生かしていくことができるのだ。

医院を出たジョージは、背後に広がる静かな街の片隅を振り返った。
暗闇の中にあった「癒」の場から、不思議な力を受け取った彼は、新たな一歩を踏み出す心の準備ができていたのだった。
彼は再び灯りのある道へと進み、真の命を生きることを選んだ。

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