「時を越えた石碑の影」

静かな午後、陽の光が優しく差し込む園で、幼稚園の先生である佐藤由紀は子供たちと遊んでいた。
この園は、陽気な声や笑い声で溢れていたが、由紀の心の奥には不安があった。
実は、彼女の周りで、奇妙な現象が続いていたのだ。

畑の隅に、古びた石碑がひっそりと立っている。
それはかつて、園のこの場所に住んでいたという女性のものだと噂されていた。
彼女は時間を操る力を持っていたが、その力が引き裂いた運命の結果、今は戻れない過去の時を彷徨っているだという。
日々、由紀はその碑が放つ薄暗い影を感じながら生活していた。
どこか異質な存在を守るために、子供たちをその石碑から遠ざけることを誓った。

だが、好奇心旺盛な園児たちは、その影に惹かれるのが常だった。
特に亮太という男の子はその中でも目立ち、他の子供たちが遊ぶ中、まるでその石碑に心を奪われたように、近づいていった。
由紀は何とか亮太を引き止めようとしたが、彼はすでに石碑の前に立っていた。

「先生、見て。なんか変な声がする!」亮太は微笑みながら、その石碑に耳を当てる。
由紀は驚愕した。
危険だという思いは胸を締め付けた。
彼女は急いで彼のもとへ走り寄り、亮太を引き戻そうとしたが、子供の体はまるで石碑に吸い寄せられるようだった。

その時、周囲が一瞬暗くなり、風が吹き荒れた。
雲が空を覆い、まるで園がその瞬間に時を止めたかのような感覚が流れた。
由紀は恐怖に引きつりながらも、必死で亮太の手を握って叫んだ。
「亮太、離れて!そこから出てきなさい!」

彼の目が急に虚ろになり、視線が定まらなくなっていく。
「何かが見える…すごく懐かしい…」声は震え、まるで幼い彼が見つけた別の世界に引き込まれたかのようだった。

由紀は泣きそうになりながらも、力いっぱい亮太を引き寄せ、逃げるようにその場を離れた。
やがて、周囲の光が元に戻り、再び穏やかな午後の陽射しが戻ってきた。
しかし、亮太の表情はどこか変だった。

それから数日後、亮太は園に現れなくなった。
彼の両親は急用で町を離れることになり、また戻ると言っていた。
しかし、由紀は何かが違うと感じていた。
彼は石碑の周りで起こったことに巻き込まれてしまったのか、あの場所が彼を奪ったのか、自分に責任があるのではないかと。

日が経つうちに、由紀は他の園児たちの様子にも変化が現れるのを見つけた。
時間が進むごとに、彼らが持つ笑顔が薄れていく。
それはまるで、石碑が彼女たちの幼い命を蝕んでいるかのようだった。
由紀は恐怖に駆られながらも、精一杯の勇気を振り絞って、自らその石碑に向かい合うことを決意した。

訪れたその日は、空が曇り、冷たい風が舞っていた。
由紀は心の中で、子供たちのために、この呪いを解かなければならないと決めていた。
彼女は石碑の前で身をかがめ、優しく手を置いた。
そして、古い呪文を唱え始めた。
それは長い間、誰も口にすることができなかった言葉だった。

「私は今、時を越え、過去を解き放つ!」

その瞬間、周囲が再び暗くなり、不気味な声が響いた。
「時間を操る力は、代償を伴う。お前自身が、その代償になるのだ。」

由紀は一瞬、後悔と恐怖に苛まれた。
しかし、後戻りはできなかった。
彼女は自分をその場所に捨て去り、子供たちの未来を守るために時の狭間へと入って行った。

それ以来、園では、由紀の姿を見たものはいなかった。
しかし、時が経つにつれ、由紀が守った子供たちは、まるで彼女の微笑みに支えられているように、元気に育っていったという。
そして、その石碑は、今もなお、子供たちの遊ぶ園の隅で不気味に立ち続け、誰もその存在に近づこうとはしなくなった。

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