「時の狭間に生きる影」

停まった時計が示すのは、午前3時。
静まり返った部屋の中でたった一人、作は薄暗い明かりに照らされた古びた机に向かっていた。
彼の眼の前には、色褪せた本が一冊、開かれている。
その本には、かつて語られた不気味な伝説が記されていて、作はその内容に思わず引き込まれていった。

「生きている者と会うことができる…それは、時の狭間に生きる者たちのことだ」。
ページの中で繰り返されるその言葉は、作の心にどこか息苦しさをもたらした。
それは、彼がかつて最愛の友として思い描いていた雅人という少年を思い出させたからだ。

雅人は幼い頃、作の親友だった。
しかし、彼は数年前の不慮の事故でその命を落としてしまった。
作はそのことをどうしても受け入れられず、日々彼の思い出に浸ることで心を慰めていた。
そして、この本に出会ったのも運命の導きだと感じていた。

作はページをめくりながら、ふと気を逸らし、外の静けさに耳を傾けた。
外では風がかすかに吹き、葉音が微かに響いていた。
彼は何か異様な気配を感じたが、気にせずに本に目を戻した。
再び目にしたその言葉が、今度はまるで彼自身に向かって語りかけてくるかのようだった。

「影と対話し、生を知ることができる」と。
作は恐怖と好奇心を胸に、思い切って気合を入れた。
「雅人、もしまだこの世界にいるなら、私の前に現れてくれ」。
彼は心の中で叫んだ。

それから数分、部屋の空気が一瞬凍りついたかのように感じられ、周囲の音が消えた。
この瞬間に彼は全てを理解した。
「会いたい」と願ったことが、彼を引き寄せたのだ。
作の目の前には徐々に影が形成されていくのを感じた。
それは薄暗い闇の中から生まれた存在だった。

「作…」

その声は、彼がかつて聞いた、響きが懐かしい声だった。
思わず背筋が凍り、心臓が速く鼓動する。
作は見つめると、そこには雅人の姿がかすかに現れた。
ただし、それは本当の雅人とは異なり、どこか翳のある、影のような存在だった。

「ずっと待っていたよ、雅人」と作は涙を流しそうになった。
「どうして帰ってこなかったんだ?」

雅人は静かに微笑み、作に向かって答えた。
「私がここにいるのは、君が呼んだから。だが、私たちはもう会ってはいけない存在だ。時と生が交わることは許されないから」

作はその言葉が胸に刺さるのを感じた。
「でも、どうしても君と話したかった。失いたくなかった!」そしてその瞬間、彼は友を失った時の痛みを思い出していた。
作はその痛みを取り戻しながら、雅人への思いをつぶやいた。

「彼らは生き続けることができない。だから、あなたも私も…」雅人は言葉を続ける。
「運命には逆らえない。私たちが会うことは、この時の狭間が許さない」

作の心は狂いそうだった。
雅人に会えたことへの嬉しさと、再び別れが訪れる恐怖が交錯する。
作は迫る現実に埋もれながら、必死に雅人の影を引き止めようとした。
「もっと話をしよう。お願いだから…」

しかし、消えゆく影の中で、雅人の姿が次第に薄れていく。
「作…」その声が消えかける時、雅人の目には悲しみが宿っていた。
「君はまだ、生きている者として、道を歩むべきだ」

静寂が再び訪れた。
作は一人、机に頭を垂れた。
影は消えかけ、再びその晩の闇が包み込む。
彼は本を閉じ、止まった時計をじっと見つめる。
「雅人…私はどうしたらいいんだ」と独り言をつぶやき、手を震わせていた。

彼はそれから何度も雅人の影を呼び続けたが、その声はもう戻ってはこなかった。
作はそれを受け入れなければならなかった。
人は生き続けなければならないという、運命の重さを胸に秘めながら。

タイトルとURLをコピーしました