小さな村には、古くから伝わる奇妙な言い伝えがあった。
それは、時折現れる「折れた時計」の話である。
この時計は、村の中心にある、長い間使用されていない古い寺の中に置かれているという。
誰もがその存在を恐れ、決して近寄ろうとしなかった。
なぜなら、この時計が時を折り曲げる力を持っていると言われていたからだ。
ある寒い冬の夜、村に住む佐藤健一は、その言い伝えを気にせず、友人たちと暖を求めて酒を飲んでいた。
話題は自然と「折れた時計」に移り、若い彼らは冗談交じりにその場所に行ってみることにした。
お互いに恐れを笑い飛ばしながら、彼らは寺へと向かって歩き出した。
寺に到着した彼らは、暗い中、恐る恐る中に入った。
そこには埃を被った仏像や、薄暗い空間が広がっていた。
そして、奥の方には、確かにその折れた時計が佇んでいた。
針は固まったまま、一度も動いていないかのように見えた。
しかし、健一の好奇心が勝り、彼はその時計に近づいてみることにした。
時計の盤面を見つめると、何か異様なモノを感じた。
その瞬間、彼の目の前に閃光が走り、健一は思わず目を閉じた。
彼が目を開くと、周囲は全く異なる風景に変わっていた。
時計の周りは真っ暗で、彼の友人たちの姿は消えていた。
まるで時が凍りついてしまったかのような感覚が彼を襲った。
彼は静けさの中で、耳鳴りのような音を聞き取った。
それは、遠くで誰かが叫んでいる声だった。
彼はその声を追うように、寺の外に出た。
しかし、そこに広がっているのは、見たこともない景色だった。
村はなく、彼が知っていた頃の面影はどこにも見当たらなかった。
健一は混乱し、未練を抱えながら歩き続けた。
その先で出会ったのは、見知らぬ人々だった。
彼らは健一の存在に気づくと、まるで彼が異物であるかのように避けて通り過ぎていった。
彼はその瞬間、言い伝えの中にある「時の折り目」の真実を知った。
今の彼は、村に住む人々の記憶から消えた存在になってしまったのだ。
時間がどれくらい経ったのか、彼はその異世界で孤独に過ごすことに耐えられなくなった。
そしてある晩、彼は再び寺へ行き、「折れた時計」に戻ってみることに決めた。
気持ちを引き締め、彼は必死に寺へと向かった。
時計の前に立った彼は、心の中で友人や家族の名前を呼び続けた。
彼はこの時間を折り返し、元の世界に戻る方法を探し求めた。
そして瞬間、時計が静かに動き出した。
それは、針が少し動いたことを意味していた。
彼は全力で「戻りたい」と叫び、強い想いを込めた。
次の瞬間、強い光が彼を包み込んだ。
目が覚めると、彼は友人たちと共に寺の前に立っていた。
彼の心臓は鼓動を速め、周囲を見回した。
どうやら、さっきまでの異世界は幻だったのかもしれない。
しかし、彼はその時、今まで意識していなかった村の景色や、家族への愛を強く感じていた。
「お前、大丈夫か?」友人の一人が心配そうに声をかけてきた。
健一は微笑みながらうなずく。
そして、彼は「時」を大切にすることの意味を知った。
「折れた時計」の言い伝えは、ただの怪談ではなく、彼にとって大切な教訓となったのだ。
今後は、決して忙しさに流されず、愛する人々との時間を大切にすることを誓った。