夕暮れ時、静まり返った町にある古びた神社。
境内には、かつて地元の人々が信仰していた「時の神」が祀られていた。
しかし、その神社は数十年前に放置され、崩れかけた鳥居や枯れた木々だけが残されていた。
人々はもうこの場所を訪れることはなく、次第に忘れ去られた存在になっていた。
大学生の健太は、友人の美咲と共に肝試しをすることにした。
二人は、神社へと足を運び、その不気味な雰囲気に心を踊らせていた。
「あの神社、何かありそうだよね」と美咲が言うと、健太はニヤリと笑って頷いた。
今夜は月明かりが無く、暗闇が二人を包み込んでいた。
神社の前に立つと、背筋が寒くなった。
月の光がないため、周囲はただの漆黒の暗闇にしか見えなかった。
勇気を振り絞った健太が一歩踏み出すと、鳥居の下で耳を澄ませるように言った。
「ちょっと待って、何か聞こえない?」美咲は首を傾げながら耳を澄ました。
すると、微かに聞こえるささやき声がした。
「戻れ…戻れ…」その声は不気味に響き、まるで過去からの警告のようだった。
美咲は怖れを感じて震えていたが、健太はあくまで勇敢に、「大丈夫、ただの風だよ」と言い、神社の中に入ることを決めた。
神社の内部は、時が止まったかのように静まり返っていた。
薄暗い空間の中に、古い祭壇が鎮座している。
健太はその祭壇に近づき、そこで何かを見ることはできないかと思った。
すると、不意に、壁際の古い時計が目に入った。
その時計は、壊れて止まっているはずなのに、わずかにその針が動いているように見えた。
「健太、何か怖い気がする。ここから出ようよ」と美咲が言った。
しかし、健太は好奇心に負けて声を無視し、時計に手を伸ばした。
その瞬間、激しい閃光が彼の目の前に現れた。
何が起きたのか理解できないまま、彼は意識を失ってしまった。
気がつくと、健太は神社の外に立っていた。
驚いた表情で周りを見渡すと、彼は先ほどの恐怖の場所がまるで夢だったかのように目の前に存在していた。
しかし、心のどこかで何かが違うと感じていた。
彼の目には、夕焼けの中に不気味な影が見え隠れしているように映った。
「美咲、どこにいるの?」彼は叫んでみたが、返事はなかった。
周囲の静寂が、再び彼の恐怖を引き立てた。
彼は神社に戻ることを決意し、再度その場所へと足を運んだ。
だが、そこには美咲の姿がなかった。
中に入ると、時計は止まったままだった。
しかし、彼が触れたときとは違う、古びた音が響いている。
耳を澄ませても、声は聞こえなかったが、今度は彼自身の心の中から不安が押し寄せてくる。
「ここは過去の場所だ…美咲は…戻れないのか…」
その時、彼の中に湧き上がった感覚は、再び手に入れた時計がもたらしたものだった。
「身を捨て、身を受け入れよ」という言葉が頭の中で響いていた。
それは、「何かを得るためには、何かを失う必要がある」という意味だった。
健太は思い出した、彼が触れた瞬間、何かが彼を惹き寄せ、彼女をその影の中へと引き込んだのだと。
恐怖が彼を包み込み、彼は再び外へと逃げ出した。
だが、深い暗闇の先に、彼は美咲の姿を遠くに見たような気がした。
「美咲!」彼は声を上げたが、影は引き続き彼を呼び寄せるように迫ってきた。
彼は後ろを振り返らず、ひたすら逃げ続けた。
だがその夜、町に響き渡ったのは、健太の悲鳴だった。
再び神社の鐘が鳴り響くと、彼はその存在に永遠に囚われてしまうのだった。
そして、彼を忘れた町の人々は、再び時間の流れの中で、そこに埋もれていく健太の声を、かすかに耳にすることになる。