「時の代償」

育の静かな村に、佳乃という若い嫁がいた。
彼女は都会からここに嫁いできたため、村の風習や人々のつながりに戸惑うこともしばしばだったが、優しい夫と温かい家族に支えられ、少しずつその生活に慣れていった。
しかし、ある日、彼女は奇妙な出来事に遭遇することになった。

その日は彼女の誕生日の日で、夫の浩二がサプライズのために出かけている間、佳乃は家で独り静かに過ごしていた。
ふと窓の外を見ると、青々とした森の奥から何かが彼女を呼んでいるように感じた。
彼女は好奇心に駆られ、その森へと足を運んだ。

森に入ると、あたりは生い茂った木々に包まれ、心地よい風が優しく彼女の頬を撫でた。
しかし、しばらく歩くと辺りは急に静まり返り、不気味な空気が漂い始めた。
佳乃は心の奥底から不安を覚えたが、何かに引き寄せられるように森の奥へと進んでいく。

やがて、彼女の目に留まったのは、朽ちかけた古い時計台だった。
時計は壊れているようで、時を刻む音は聞こえなかったが、どういうわけかその時計には不思議な力が宿っているように感じられた。
彼女はその場に立ちすくみ、一瞬タイムレスになったような気持ちに包まれた。

「今、何時なんだろう……」と呟いた瞬間、空間が揺らぎ始め、佳乃はまるで時間が逆戻りするかのような感覚を覚えた。
彼女が目を開けると、見知らぬ村の風景が広がっていた。
そこには、自分が知らない家や人々がいて、誰もが彼女に気づくことはなかった。
それは、まさしく昔の育の村だった。

佳乃は戸惑いながらも、その場から逃げ出しましたが、その時、どこからともなく声が聞こえてきた。
「帰りたいか?それとも、ここに留まりたいか?」その声に引かれるように振り向くと、そこには自分の祖母の姿があった。
若い頃の祖母は、まるで彼女を待っていたかのように微笑んでいた。

「おばあちゃん、どうしてここに?」佳乃は混乱しながら質問した。
祖母は静かに首を振り、再び時計台の方を指さした。
「時間は戻せるときもある。けれど、その代償は大きいよ。」

彼女は以前、祖母から聞いたことがある。
過去を選ぶことはできるが、選んだ時には何かを失うことを。
佳乃は、ここにはもう戻れないのではないかと感じ始めた。
自分が望んでいる過去、それは全ての人の幸福を壊すかもしれないと。

その瞬間、周囲が変化し、元の時計台へ戻されてしまった。
周辺は静まり返り、まるで誰の視界にも入らない場所になったようだった。
しかし、心の奥深くに、祖母の声がまだ響いていた。
「時間は、自分で選ぶものだ。どんな未来も、受け入れることが大事。」

帰り道、佳乃の胸には重たい感情が渦巻いていた。
夫の元へと急ぎ、彼の優しい笑顔を見た瞬間、彼女は過去を送ることができたことに安堵した。
しかし、心の中には未だ消えぬ不安があった。
あの古い時計台と時間の考えが、彼女に再び訪れる前触れのように感じられたからだ。

如今、佳乃は時計を見ながら、ただ日々を重ねていく。
しかし、彼女は決して過去には戻らないと決めている。
その代償を背負うことは、自分の未来を失うことだから。
彼女の心の奥には、時計台の神秘が永遠に残るのだった。

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