彼の名は和樹。
東京の郊外に住む普通の青年だが、彼の心の中には長い間消えない影があった。
それは、彼の幼少期に味わった不幸に起因していた。
彼の両親はあまりにも早くこの世を去り、その理由は決して明らかにはされなかった。
周囲の人々は彼を気遣う素振りを見せたが、彼の心にはいつも孤独と讐の念が渦巻いていた。
ある夜、和樹はふとしたことで、昔住んでいた家の近くを通りかかった。
薄暗い月明かりの中、彼は懐かしさと共に、何かが彼を呼んでいるような気がした。
いつの間にか彼はその家に引き寄せられるように足を進めていた。
ドアはひっそりと開いており、部屋の中はかつての記憶を浅く引きずっているようだった。
その家には、昔から不気味な噂があった。
影が映ると、その影が現実の世界に何かを呼び込むというのだ。
そしてその現象は、じっと目を凝らして見ると、いつの間にか自分自身の影が「映」じているように見えた。
和樹はそんな噂を聞いていたが、不安を感じながらもその影を確かめてみたくなった。
部屋の中に入ると、和樹は何か異様な気配を感じた。
周囲の空気が重く、彼の心の奥底に潜む憎悪が再び火を灯そうとしているかのようだった。
彼は一歩、また一歩と進んでいく。
そして、押入れの前に辿り着いた。
そこからはかすかに「わ」と言う音が聞こえ、何かが自分を呼ぶような感覚に包まれた。
和樹は押入れを開け、そこに隠れているものを見つけた。
それは古びた鏡だった。
彼はそれを引きずり出すと、鏡に映る自分の影がどこか異様であることに気づいた。
映る影は笑っているように見え、彼の心の中の怒りや恨みを象徴するかのようだった。
「これが…私の影なのか?」和樹は混乱しながらも声を漏らした。
その瞬間、鏡の中の影は「の」字のようにゆっくりと動き始めた。
まるで彼の心の中に棲む邪悪なものが、外の世界に出ようとしているかのようだった。
そして、印のように彼の心に刻まれた過去の思い出が甦り、彼を取り巻く空気が一層冷たく感じられた。
「お前を赦さない…私を壊したやつらを…」和樹は心の中で叫び、憎しみが彼の体を突き抜けた。
その瞬間、鏡に映る影がさらに大きくなり、彼を引き寄せようとする力が働き始めた。
和樹は恐ろしさと共に、その影の正体を探早く知らなければいけないと決意した。
ようやくその時、彼は彼の心の中に潜む影の正体に気づいた。
それは恨み、憎悪、そして何よりも孤独から生まれたものだった。
彼はその影を否定することはできず、自らが抱えていた感情を受け入れざるを得なかった。
「私は一人じゃない…私の影は私自身…」和樹は震える声でつぶやいた。
彼は鏡に映る影を直視し、その影と向き合うことを決めた。
自らの恐れを乗り越え、影と和解することで、過去の痛みを乗り越えられるのではないかと思った。
影はその瞬間、囁くように言った。
「赦しはまだ、早い。私はお前の中に生き続ける。」恐れを感じつつ、和樹はその声を受け入れた。
彼は影との共存を選び、心の中の憎悪と孤独を少しずつ解放することで、自らの成長を促すことができると信じた。
和樹は再び鏡を閉じ、微笑む影と共にその家を後にした。
彼はもう一人ではなかった。
影と共に歩む新たな人生の始まりが、彼の中に生まれていた。