田舎の小さな村に、黒田という男性が一人住んでいた。
彼は村の人々から嫌われていた。
無口で、表情も乏しく、いつも独りでいるため、村の人たちは彼に悪い噂を流していた。
特に、好奇心旺盛な少年たちは、「黒田は不思議な力を持つ魔物だ」と言い触らしていた。
その言葉を聞いた村の人々は、黒田を避けるようになり、誰も彼と関わろうとはしなかった。
ある夏の夜、黒田は静かな家の中で、何かの呪文を唱えていた。
彼が目を閉じ、集中していると、目の前に映像が浮かび上がる。
それは村の人々の姿だった。
彼は彼らの視線を感じ、彼らの言葉を耳にしていた。
「あいつに近づくな」「彼の目には何かが宿っている」といった、恐れ交じりの声が響いてくる。
黒田は一瞬、心が揺らいだが、すぐに冷静さを取り戻した。
彼には目的があった。
「目が覚める時が来た」と彼はひとりごちた。
彼が実行しようとしているのは、村人たちを目覚めさせるという禁断の儀式だった。
彼には彼らを覚醒させる力があり、彼自身はその力をこの村で使おうと決めていた。
彼は村人たちが自分の恐れに打ち勝ち、真実を知ることが必要だと信じていた。
呪文を終えると、黒田は村の中央にある広場に向かった。
夜空は星々で満ち、静寂の中に彼の足音だけが響いていた。
広場に着くと、彼は大きな石に手をかけ、祈りを捧げた。
すると、空気が変わり、暗闇の中からかすかな光が現れた。
「来い、村人たちよ。あなたたちの見えない視界を開いてやる」と黒田は叫んだ。
その言葉は、彼の心の奥底から湧き上がった何かに引き寄せられるように、村全体に響き渡った。
その瞬間、村の人々は夢の中から覚めるかのように、立ち上がった。
驚きと恐れが入り混じった表情で、彼は見たことのない光景が広がっていることに気づいた。
彼らは盲目的に信じ込んでいた自分たちの恐れが、実は黒田の操り人形であったことを理解し始めていた。
村人たちは、次第に彼の周りに集まり、彼を見つめた。
そこには、彼の見た目とは異なる何かが宿っていることが明らかになった。
それは、彼らの潜在意識に眠る感情や恐れが具現化した姿だった。
彼らは黒田の視界を通じ、自身の内面を晒されているのだ。
しかし、黒田もまた恐れを感じ始めた。
彼が引き起こした目覚めが、彼自身を襲いかかる恐怖に変わるのだ。
村人たちの目が彼を見つめ返す時、その目には自分と同じような暗闇が映し出されているようだった。
村人たちは黒田に問いかけた。
「お前が何をしたのか教えてくれ。私たちの心の奥に何があるのか…」彼の胸には不安が渦巻いた。
彼が煽った恐れが彼に返ってくるとは思ってもみなかったのだ。
その時、村のどこからともなく、低い声が聞こえてきた。
「黒田の呪縛から解き放たれよ。お前が見せられたのは、他人の恐れではなく、お前自身の闇だ。」村人たちの視線が徐々に冷たくなり、彼は自らの未熟さを痛感した。
「目を覚ませ、黒田。お前を縛っているものは誰なのか、理解せよ。」村人たちが耳にしたのは、真実を明らかにする儀式ではなく、彼自身の心の叫びだった。
黒田は理解した。
見せたものは彼自身の映し鏡であり、彼の悪が他人を貶めるものであったことを。
彼はただ恐れから逃れたかっただけなのだ。
しかし、恐れは彼自身を捉え、その反響は彼の行動に戻ってくる。
彼の覚醒は、村人たちの心を解放するどころか、自身の暗闇を強めるだけであった。
その夜、黒田は村を去ることを決意した。
彼の心の中に残ったのは、村人たちの視線と、彼が引き起こした恐怖の余韻だった。
彼はもう二度と戻らないと決めたが、心の中には、自らが目覚ますという選択肢が常に残り続けることを知っていた。
夜は更け、彼は静かに消えていった。