「星空の囚われ」

夜遅く、静けさに包まれた展望台。
ここに足を運んだのは、大学生の健一だった。
都会の喧騒から離れ、星空を眺めるための贅沢なひとときを求めていた。
しかし、彼がこの場所にたどり着いたその時、何か不思議な気配が漂っていることに気がついた。

展望台は、かつて観光名所として賑わっていたが、今は人々の記憶から忘れ去られつつあった。
健一は少し不安を感じながらも、周囲の美しい景色に目を奪われていた。
しかし、肝心の星空は、どこか雲に隠れて見えなかった。

その時、健一は背後から感じる視線に気づいた。
振り返ると、そこには一人の女性、綾香が立っていた。
彼女は白い服をまとい、無表情で健一を見つめている。
彼女の存在は、まるで何かの気配を引き寄せているかのようだった。
彼は声をかけようとしたが、何か言葉が喉に詰まり出せなかった。

「ここは良い場所だね。」健一が少し緊張しながらようやく言葉を発した。

「そうですね。」綾香は淡々と答えた。
その声は、どこか冷たく感じた。

彼女の視線を受けると、不安感が高まっていく。
しかし、他に誰もいないこの展望台で、彼は彼女と会話を続けることにした。
話が進むにつれ、彼は彼女が何か特別な存在であることに気づいた。
彼女の声は、まるで過去や未来を語りかけるような響きがあった。

「私、ここにずっといるの。」綾香は言った。
言葉の意味はすぐには理解できなかったが、彼は次第に彼女の存在に惹かれていく自分を感じていた。
しかし、心の奥に湧いてくる恐れが、彼を解放させない。

「どうして?」健一は思わず尋ねた。

「ここは、私の居場所だから。」言葉の裏には深い悲しみが宿っていた。

綾香はこの展望台で、何かを待ち続けているようだった。
彼女が抱える「気」は、人の心を捉え、放さない強いものであった。
健一は心の中で何かが崩れそうな感覚を覚えつつ、彼女に近づいていく。

その時、突然雲が晴れ、星空が姿を現した。
無数の星が輝き、健一の心に美しさと同時に恐怖をもたらす。
その瞬間、綾香の表情が変わり、一瞬にして不敵な笑みが浮かんだ。

「気がかりなことがあるの?それとも、解きたいことでもあるの?」彼女は健一を見つめ、言葉を投げかける。
その目は鋭く、まるで彼の心の奥に潜むものを見透かしているようだった。

「何を…?」彼は怯えて息を呑む。
「私はただ、観光客で…」

「この場所はもう、観光名所ではないのよ。」彼女は言葉を続けた。
「私たちの影が、次の訪問者を待っているの。」その瞬間、彼女の存在が強くなると共に、夜の空気が変わった。

健一は理解した。
彼女はこの場所に囚われた魂であり、彼をさらう気を秘めていた。
震えながらも、逃げ出そうとしたが、動けなかった。

「愛は時として、締め付けては解かれるもの。それが私たちの運命。」綾香の声音に不穏さが混じる。
彼女が指さした先には、長い間放置された手紙が風で揺らいでいた。

「それを解けば、あなたは私を解放してくれる。」彼女の言葉に押され、健一は手紙を手に取った。
中には、彼女の昔の記憶が書かれていた。
しかし、内容が彼の心に刺さり、彼はますます苦しみを覚えた。

「あなたは私を解放できないわ。」健一のその瞬間の感情が、彼女に対する思いを意識させた。
その瞬間、星空がさらに瞬き、綾香の姿が薄れていく。

「あなたの中の気が強くなり、私の存在を消し去ることはできるわ。」彼女の声がやがて風に消え、展望台は再び静寂に戻った。

健一は呼吸を整えながら立ちすくんでいた。
夜の展望台で感じた気は彼に何をもたらしたのか。
彼はこの場所を離れ、過去の痛みをも抱えたまま、日常へと帰ることになった。
その夜の経験は、彼の心に残り続けることだろう。

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