ある静かな山里の村、平沢村には、長い期間にわたって語り継がれている禁忌があった。
その禁忌とは、夜間に「た」と呼ばれる場所に近づいてはいけないというものである。
「た」とは、村の外れに位置する小さな森の中にある、枯れた木が立ち並ぶ場所のことであった。
村人たちは、この場所に触れることが「魂の安らぎ」を奪うと信じ、その存在を恐れていた。
ある日、若者たちの中で特に好奇心旺盛なタクヤとサトシ、そして優しい性格のマイは、禁忌を犯そうと決意する。
この夜、彼らは「た」に足を運ぶことにした。
タクヤはその壮大な冒険に心を躍らせていたが、マイは不安な気持ちが胸に渦巻いていた。
「こんなことをしていいのか?本当に行くつもり?」マイが心配そうに呟くと、タクヤは明るい声で答えた。
「大丈夫だよ、ただの伝説だ。何も起こらないさ!」
友人たちは、少しずつ森の奥へと進んでいく。
周囲は静まり返り、月明かりだけが彼らの足元を照らしていた。
いくつかの枯れた木の間を抜けると、やがて「た」の中心に到達する。
そこには、黒く曲がりくねった木々が立ち並び、まるで彼らを迎え入れないかのように思えた。
「ここがその場所か……」サトシがつぶやいた。
その瞬間、周囲の風が急に強くなり、彼らは身を寄せ合うように立ちすくんだ。
空気が重苦しくなり、何か不吉なものが迫っているのを感じた。
マイは恐怖心が頂点に達しそうだった。
「もう帰ろうよ……ここにはいられない。」しかし、タクヤはその声を聞き流して、さらに奥へ進もうとした。
「おい、タクヤ、待って!」サトシが止めようとするが、タクヤは「大丈夫、大丈夫。何もクスリは無いよ」と笑って前に進む。
マイはその姿を見ながら、不安でいっぱいの気持ちを抑えきれなかった。
その時、突如として響いてきたのは、かすかなささやき声だった。
「近づいてはいけない」と。
サトシの背筋がゾクッとした。
まさか、自分たちの耳にだけ聞こえる声なのか?彼はタクヤに振り向くと、その表情は恐怖に満ちていた。
タクヤは意を決して、「このままでは帰れない。何かを見つけよう!」と言った。
その瞬間、森の奥から不気味な影がじわじわと近づいてきた。
影はまるで人間の形をしているが、顔はぼやけていて、視線を向けることができない。
マイは思わず口を覆った。
「やめて!さあ、帰ろう!」マイが叫ぶ。
しかし、タクヤは影に向かって駆け寄り、「俺は怖くない!何かがいるんだ!」と叫んだ。
影は彼に近づくにつれ、冷たい風が彼の身体を包み込むように感じられた。
その瞬間、タクヤの身体が硬直し、ふいに倒れ込む。
驚愕したサトシとマイは急いで彼を助けようとし、タクヤの身体を揺らすが、彼の目は開かず、生気が失われたように見えた。
彼の魂が「た」に奪われたのか?恐怖が二人を包み込み、どれだけ叫んでも返事はなく、ただ冷たい夜だけが静まり返っていた。
二人はタクヤを抱え、必死に逃げ出そうとした。
しかし、周囲の木々がまるで生き物のように彼らの進行を妨げ、道を覆い隠す。
森の「た」はたちどころに彼らを閉じ込め、まるでじわじわとその支配を強めていくようだった。
彼らは全力で「た」から逃れようと試みたが、影はその膨大な力をもって迫り、次第に近づいてくる。
サトシと言えば、タクヤを思い出し、どうして自分たちがこんな夢中になって禁忌を破ろうとしたのか、後悔の念が心に満ちあふれてきた。
「やめて!タクヤを返して!お願い!」マイが叫んだが、影は彼女の叫びを無視するかのように近づき、冷たい風を送り込んでくる。
彼らの心はさらなる恐怖に包まれ、二人は一体何のためにここに来たのか、忘れ去られた魂のように思えてしまった。
翌朝、村人たちは再び、夜間に「た」に近づくことが禁じられることを決めた。
タクヤとサトシ、マイの姿は、森の中に消え去ったままで、彼らの未来は「魂の安らぎ」の下に戻ることはなかった。
その禁忌は続き、村人たちの語り草となった。