ある静かな町の外れに、ひっそりと佇む古い屋があった。
その屋は、代々同じ家族が住み続けてはいたが、何代目かの当主が亡くなってからは、誰も住まなくなってしまった。
人々はその屋を怖れ、近づくことを避けていた。
地元では「昇屋」と呼ばれ、その名の通り、昇る階段が印象的な造りをしていた。
その昇屋に興味を持ったのは、大学生の佐藤太一だった。
彼は友人たちと共に肝試しでこの屋を訪れることを決めた。
太一は、屋にまつわる「くすり」の噂を耳にしたことがあり、その真相を確かめたかった。
噂によれば、屋には往年の当主が生前に作ったという不思議な「くすり」が隠されているという。
夜、友人たちと共に昇屋の門をくぐった太一。
中は薄暗く、古びた家具や壊れかけた壁が有り、時折風が吹き込んできた。
彼らは、屋の中を探検することにした。
階段を昇ると、2階には何もない広間があった。
友人たちが笑い声を上げる中、太一は一人、奥の部屋へと足を運んだ。
奥の部屋には、薄汚れた書棚と古い鏡が置かれていた。
その鏡は、何故か異様に輝いて見えた。
太一はその鏡に興味を惹かれ、近づくと、鏡の中に自分の姿が映った。
しかしその瞬間、彼の周囲の光景が不意に変わり、鏡の奥から一つの影が現れた。
それは、彼の先祖と思われる男性の姿だった。
手には何かを持っており、薄ら笑みを浮かべている。
「お前は、私の名を知っているか?」と影は囁いた。
太一は驚愕し、思わず後退った。
「い、いいえ…」
影は冷たい手を差し伸べ、再び言葉を続ける。
「私の名は昇、そしてお前もまた、私の後継者の一人だ。だが、私の遺したものを探し出さなければ、お前の未来は暗いものになる。」
太一は恐怖を感じつつも、その言葉に従い、彼は「くすり」の存在を求め始めた。
影は言った。
「その「くすり」は、過去の後悔に向き合うことで手に入る。
お前が昇りつめるためには、まず自身の悔いを知る必要がある。
」
その瞬間、夢のような映像が次々と映し出された。
彼の周囲には、大切にしていた人々の姿が浮かび上がり、太一は彼らに対する自分自身の未練や後悔を思い出していった。
家族との大切な時間、友人との楽しい思い出、そして放置していた夢の断片。
その全てが彼の心の中で渦巻いていた。
「悔いを克服せよ」と影は続けた。
「心の重みを取り去ることができれば、くすりはお前のものだ。しかし、それをしないままでは、ただ後退していくことになるだろう。」
太一は心の奥底で、いつも後回しにしていた夢への挑戦を思い返した。
彼は、いつかきっとやりたいことを見失い、ただ日々を消化するだけの生活を送っていた。
今、一心に昇りつめようとする彼の決意が生まれた。
その瞬間、周囲の光が一層明るくなり、太一の目の前に「くすり」が姿を現した。
それは、彼の心の純粋な願いを象徴したものであった。
しかし、彼はそれを手にすることはなかった。
「本当に手に入れたいのは、形のない願いだ」と影は笑った。
太一はその言葉を耳にし、思い知らされた。
くすりの正体は、実は自分自身の決意だったのだ。
彼は心に誓った。
この後悔は、昇る力に変えていこうと。
影は静かに消え、屋は再び静寂に包まれた。
すべてが終わった後、太一は友人たちの元へ戻った。
彼らに真実を話すことはできなかったが、心の中で何かが変わったことを感じていた。
屋を後にする彼の背中には、新たな決意が宿っていた。
昇屋は彼を新たな未来へと昇らせる場所となり、太一はその一歩を踏み出したのだった。