真夜中の静けさが墓地を包み込む中、田中翔一はその場所に立っていた。
彼は友人の葬儀を終え、ひとり残された寂しさを感じながら、ただその場に立ち尽くしていた。
周囲は月明かりに照らされ、白い霧がゆらめいている。
そんな不気味な雰囲気の中、翔一は友人の最後の瞬間を思い出していた。
「俺は、ずっとお前を忘れないよ」と彼は心の中でつぶやいたが、同時に「本当に忘れないことができるのか?」という疑念も湧いてくる。
彼は友人の墓前に向かい、手を合わせようとしたその時、ふと視界の端に何かが動いたのを見た。
影のようなものだった。
翔一は一瞬、心臓が止まるかと思ったが、気を取り直し、ただの気のせいだろうと自分に言い聞かせた。
しかし、その影は次第に大きくなり、墓石の間を行き来する姿がはっきりと見えた。
翔一は恐れに駆られながらも、好奇心が勝り、そっとその影を追いかけることにした。
影は墓石の間をすり抜け、ハッと息を呑むような鮮やかな紅い色をした服をまとっている女性の姿に変わった。
彼女は翔一に気づいていないようで、ゆっくりと墓の前に立ち止まった。
翔一は思わず声をかけた。
「あなたは、誰ですか?」しかし女性は翔一に振り向かず、ただ墓を眺めている。
その瞬間、翔一は何か不気味な力を感じた。
身の毛がよだち、背筋が凍る感覚が彼の体を包み込んだ。
彼はその場から逃げ出したい気持ちが募る中、なぜか足が動かなかった。
女性は再びその墓に向かい、静かに何かをささやいた。
翔一は恐る恐る近づき、その言葉を耳にした。
「断ち切れない思い…」彼女の声は悲しげで、どこか切ない響きがあった。
翔一の胸に、罪悪感が押し寄せる。
彼は友人が亡くなった後、彼のことを考えずに日常を送っていた。
そして、その女性が何者なのか、この瞬間に理解した。
彼女は翔一の友人、山田の恋人だった。
山田が亡くなってから、彼女はこの墓に訪れ続け、彼の思いを断ち切ることができなかったのだ。
しかし、翔一は友人を背負い、生き続けることも出来なかった。
翔一の心に重いものがのしかかっていた。
彼はこの場から逃げることができなかった理由、それは彼自身が背負った思いからだった。
「君がここにいる理由は何なんだ?」と翔一は思わず呟いた。
すると、女性は強い視線を翔一に向け、彼を見つめ返した。
その目の表情には、悲しみと共に何かしらの期待も感じられた。
しかし同時に、翔一はその視線を受けたことで、恐ろしくも彼女の思いを断ち切ることなど、もうできないのかもしれないと感じた。
「あなたも、私と一緒に私たちの思いを断ち切って。」その言葉に、翔一は一瞬、強い引力を感じた。
無意識に彼は女性の手を取ろうとしたが、指先が触れた瞬間、強い痛みが胸を貫いた。
翔一は目を閉じ、情景が歪むのを感じた。
気がつくと、翔一は墓地から離れた場所に立っていた。
見慣れた風景に戻っていたが、心には深い虚無感が漂っていた。
彼は振り返って墓地を見つめたが、その姿はもう見えなかった。
ただ、遠くからかすかに「断ち切れない思い…」という声が耳の奥で響いていた。
その後、翔一は毎晩のように夢の中で女性に出会った。
彼女の悲しむ姿を見続けながら、彼自身の心の支えがどれほど脆いものであったのかを痛感することになる。
そして、彼の心には一生消えない影がついて回ることになった。