「文字に取り憑かれた画家」

田舎の小さな町に住む佐藤梨花は、地元の中学校で美術教師をしていた。
彼女は描くことが好きで、特に生徒たちに絵を教えることに情熱を注いでいた。
休日になると、いつも絵を描くために古いアトリエにこもり、自分の作品を磨く時間を大切にしていた。

ある日、梨花は古いアトリエの片隅で、一枚の古びた紙を見つけた。
その紙には奇妙な字が書かれていた。
それは一見すると不規則に並んだ文字の集合に見えたが、目を凝らすと彼女はその中に不気味な形の絵を見つけることができた。
何かに取り憑かれたかのように、梨花はその紙に引き寄せられていった。

「これを描いてみよう」と思った梨花は、早速その絵を模写することにした。
しかし、描けば描くほど、彼女の心に不安が広がっていくのを感じた。
字がまるで生きているかのように、彼女を見つめ返しているかのようだった。
時折、その不気味な字が動いているかのように錯覚し、彼女は目をそらさずに描き続けた。

数日後、梨花はその絵を完成させた。
そして、アトリエに飾っておくことにした。
しかし、その夜、異変が起こった。
眠りについていた彼女の夢の中に、あの字が現れた。
「お前は描いた。お前は私を解放した」と、その声は耳元で囁いた。
恐怖心が彼女を襲い、梨花は目を覚ました。

翌日、梨花は学校に向かうと、授業中に生徒たちにこの奇妙な絵を見せた。
「これは私が描いたものよ」と自慢げに言ったが、生徒たちの反応は冷たかった。
彼らはその絵を見て、不安そうな顔をしていた。
何人かは「すごく怖い」と口にし、梨花は不快な思いを抱いた。

次第に、彼女の周りでおかしな現象が起こるようになった。
授業中に字が動く音が聞こえたり、教室の黒板に描かれた絵が勝手に変わっていくことがあった。
生徒たちは怯えて何も言わなくなり、梨花も次第に自分の絵が恐ろしいものであると自覚した。

ある晩、絵を描き終えた梨花は、自分のアトリエに向かうことにした。
そこで、もう一度あの不気味な字と向き合いたいと思ったからだった。
アトリエに入ると、暗闇の中に不気味な浸透感が漂っていた。
梨花は恐れずにはいられなかったが、好奇心が勝った。

「私はあなたを描いた。でも、どうすればいいの?」梨花は暗闇に向かって叫んだ。
すると、突然絵の中の字が輝き始めた。
その光は彼女を包み込み、次第に視界が揺らいでいく。
一瞬、彼女は気を失った。

気がつくと、梨花はアトリエの床に横たわっていた。
周りはいつも通りの静けさに包まれていたが、何かが変わっていた。
鏡のように美しく描かれた絵が、彼女の目の前で崩れていく。
絵の中から不気味な顔が現れ、彼女を見下ろしていた。

その瞬間、彼女は全てを理解した。
その字は彼女を精神的に封じ込めるものであり、彼女が描けば描くほど、その力が増すことを。
「私を解放してくれ」と声が聞こえた。
梨花は恐怖で動けなかったが、何とか意を決して逃げ出し、アトリエから飛び出した。

それ以来、梨花はそのアトリエには近づかなかった。
しかし、心にはいつまでもあの声が残っていた。
「私を解放してくれ」が、何度も繰り返される。
彼女は美術を教える日々に戻ったが、あの不気味な字の影が常に付きまとい、画材を手にすることすら恐れていた。
絵を描くことから離れ、彼女は普通の生活を営むしかなかったが、その記憶は永遠に彼女の心に刻まれ続けた。

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