「散る運命の泉」

ある晩、友人たちと気軽にバーベキューを楽しんだ後、遅くまで盛り上がっていた佐藤たくみは、少し酔って気分がよくなっていた。
仲間たちの笑い声や火のはぜる音に包まれたその時、彼は打ち水をしようと近くの泉へ向かうことにした。
その泉は、地元の人たちにとっては神聖な場所とされ、誰もが敬遠するような不思議な雰囲気を持っている。

泉に近づくと、月明かりが水面を照らし、涼しげな波紋が広がっていた。
たくみはふと、自分の姿が泉の水に映るのを見て不思議な気持ちになった。
「なんだか、ここに何かいるみたいだな……」心のどこかで感じていた。

その瞬間、少し離れた位置に人影が見えた。
それは、まるで月の光を吸い込んでいるかのように周囲をぼやけさせる女性の姿だった。
薄い白い和服をまとい、長い黒髪が風に揺れている。
たくみは一瞬どきっとしたが、彼女が近づいてくるわけではないので、しばらく様子を見ることにした。

彼女は泉のすぐそばに立ち、ただ静まり返っていた。
その表情はどこか冷たく、何も感じさせない目をしている。
「こんなところに、どうしているんだろう」と思いつつも、彼女の正体を知りたいという好奇心が勝って、たくみは思わず声をかけてしまった。
「こんにちは、あなたは誰ですか?」

その瞬間、女性の目が光を帯び、笑顔が浮かんだ。
「私? あなたは、散った運命の一部よ。」彼女の声はまるで音楽のように心に響いたが、同時にどこか恐ろしさを感じさせるものであった。

「運命が散る?」たくみは混乱しつつも、引き続き彼女の言葉を聞こうとした。

「この泉には、失われたものが集まるの。あなたも、何かを失っているのでは?」その言葉を聞いた瞬間、彼は背筋が凍った。
実際、彼は大学時代に親友を事故で失っており、その悲しみが消えないままであった。
まるで泉が彼の心の内を見透かしているようだった。

「失ったものを取り戻したいの?それとも放っておきたいの?」彼女は再び問いかけた。

戸惑いながらも、たくみは心の中で答えた。
「は、はい、でも……」。
彼の言葉が途切れた瞬間、泉の水が異様に反応し、黒い影が水面に現れた。
「散ったものは、消えてしまったもの。消えないようにしたいなら、その運命に従わなければいけない。」彼女は冷たく笑った。

混乱と恐怖でたくみは後退しようとしたが、泉の先に道はなかった。
立ち尽くす彼の目の前で、影はさまざまな姿に変わっていく。
見覚えのある友人の顔がちらつき、口を開けて何かを訴えるが、声は聞こえない。
彼は恐怖に怯え、完全に体が固まってしまった。

「優しい運命は、もうないよ。」彼女はゆっくりとたくみの方へ近づいてきた。
その瞬間、空気が重く、胸が締め付けられる。
彼の心はざわめき、悪夢のように彼女に引き寄せられていく。
たくみはどこかで聞いたことのある話を思い出す。
泉に身を投げ込んだ者の霊が、永遠に戻れない場所でさまよっているという伝説。

必死に思い出す。
友人を失ったその日、自分は何をしていたのか。
それが、自分の運命だったと認めることができなかったから、ここにいるのではないか。
たくみはついに意を決し、自分の心に正直になることを誓った。
「失ったことは悲しい。でも、いい思い出にしたい。」

彼女はその言葉を聞き、表情を変えた。
「ああ、その輪がつながった。運命は散らばって、次に進む道を選ぶことができる。」彼女は再び微笑んで、その姿をゆっくりと消していった。

泉の水が静まり返り、彼はようやく解放されたような気持ちになった。
背後の友人たちの声が遠くから聞こえ、彼らが待っていることを感じた。
その時、彼は自分の心に永遠に消えることのない「何か」を抱えたままでいることを理解した。
彼は泉を後にし、輪の一部として生きていくことを決意したのだった。

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