静寂が支配する山奥の村、そこには今も古い言い伝えが残る禁忌の場所があった。
それは村の外れにある「散りゆく花の森」と呼ばれる場所で、花は美しいが、そこに足を踏み入れた者は決して戻ってこないと噂された。
村人たちはその森を恐れ、何代にもわたって近寄ることを避けていた。
この村には、若き娘、響子が住んでいた。
彼女は好奇心旺盛で、村人たちの言い伝えに耳を傾けながらも、森に一度でいいから足を踏み入れてみたいと思っていた。
特に、その森に散りばめられた美しい花々を見てみたかったのだ。
彼女は夜、村の白い月光の下で、いつかその美しい花を手に入れると心に決めていた。
ある晩、響子は決意を固め、「散りゆく花の森」に向かうことにした。
月が高く上がり、道は冷たい霧に包まれ、少し不気味さを増していた。
響子は恐怖を感じながらも、森の中へと一歩踏み出す。
すると、森の中には、無数の花が咲き誇っていた。
色とりどりの花々が、まるで彼女を招くように揺れている。
響子はその美しさに魅了され、森の奥へと歩みを進めた。
しかし、次第に空気が重くなる。
闇が彼女の周りを包み込み、平静さが失われていった。
響子はふとした瞬間、自分がどれだけの時間ここにいたのか分からなくなり、冷たい汗が背中を流れ落ちる。
彼女が花々の中でひときわ目を引く、真っ赤な花を見つけた瞬間、花は突然大きく揺れ、響子の視線を捉えた。
その瞬間、大地が震え、彼女は倒れそうになる。
周囲の花が彼女を取り囲み、まるで生きているかのように動き出す。
響子は逃げようとしたが、地面が彼女の足に絡みつき、動けなくなってしまった。
花々から放たれる光が増し、響子の耳元に誰かの囁きが聞こえた。
「命を捧げよ、私たちと一緒になろう…」それは亡くなった村人の声だった。
彼女に身の恐れが広がる中、「戻れると思ったか」と冷笑を含んだ声が響いた。
響子は恐れに押しつぶされ、どうしていいかわからなかった。
周囲の花々が、彼女の献身を求め、響子の周囲に集まってきた。
「あなたは選ばれたのだ。散ることで命を散らし、私たちの仲間になってはどうだろうか?」響子は恐怖と絶望の中、心の中でつぶやく。
「私は戻りたい…」
その瞬間、彼女の意識が何かに吸い込まれていく感覚がした。
真っ赤な花が彼女の手に触れ、強い痛みが走る。
「私たちの声を忘れるな!」響子は絶叫したが、声は途絶え、彼女の全てがその花の中へと吸収されていく。
次の日、村人たちが森を訪れると、そこには一つの小さな花壇ができていた。
赤い花が美しく咲くその場所は、響子の居場所だと噂された。
村人たちはもう二度と近寄らないと誓ったが、彼女の声が、森のどこかで囁いているような気配が感じられた。
「命を授け、散りゆく花になった私の声を、どうか忘れないで…」
そして、その後も静かに散ることを願った響子の物語は、村で語り継がれることになり、夜な夜な響く声に村人たちは恐れを抱き続けた。
散りゆく花は、音もなく命を吸い取り続けているのだった。