「救いの影」

青々とした原っぱが広がるその場所は、住民たちにとっても不気味な場所だった。
「ここに行くな」と、子どもたちはいつも警告されていた。
その理由は、誰もが口にしないある「伝説」があったからだ。
それは、この原っぱにはかつて失われた命が訪れ、救いを求めて彷徨っているというものであった。

夏のある日、中村修司という高校生は、友人たちとともにその原っぱへと足を踏み入れた。
彼はただの好奇心から、伝説の真偽を確かめようとしたのだ。
周囲の警告をよそに、彼らは「本当に何も起こらない」と笑いながら、原っぱの中心に向かって進んでいった。

しかしその日の太陽は、不思議なことに一層蒼く強く輝いていた。
修司はその圧倒的な色合いに不安を覚え、同時に心のどこかにある「影」を感じていた。
友人たちは楽しげに笑い合っていたが、修司は次第に言葉が出なくなり、周囲の木々がざわめいているように思えた。

やがて彼らは原っぱの中央に辿り着いた。
そこには一本の古びた桜の木が立っており、その美しさとは裏腹にどこか禍々しい印象を与えていた。
修司はその木の周りで、友人たちが遊んでいる光景を眺めながらどこか哀しげな気持ちになる。
この木は「救いの木」と呼ばれ、困っている人の助けを求める声が聞こえると言われていた。

その瞬間、修司の耳元に誰かの声が響いた。
「救ってほしい」と。
その声は確かに、木の方から聞こえてきた。
この声は、どこか懐かしく、そして目の前の友人たちには聞こえないようだった。
彼は思わずその場から動けなくなり、心の奥に潜む不安がさらに膨らんでいくのを感じた。

「修司、どうしたの?」友人の一人が声をかけるが、修司はただ「大丈夫」と答えるしかなかった。
内心では、何かが彼を引き留めているように感じていた。
そしてようやく、彼はこの場から逃げ出さなければならないことを悟った。
だが足は動かず、どうすることもできなかった。

その時、周囲にひしめいていた木々が、一斉に彼を取り囲むように動き出した。
風が強く吹き、木々の葉がざわざわと鳴り始めた。
「救ってほしい、助けて」と、声は再び耳元で囁いた。
修司は恐怖を感じ、友人たちに助けを求めようとするが、声が彼の声を封じ込めていた。

次の瞬間、彼は自分の目の前に一人の少女が現れるのを見つけた。
その少女は薄く、どこか儚い姿をしており、修司に向かって手を差し伸べていた。
彼女の目は哀しみに満ちており、その瞳には救いを求める涙が溜まっていた。
「助けて……私を忘れないで」と、その少女は静かに告げた。

修司は心が引き裂かれそうになりながらも、彼女の手を取ろうとした。
その瞬間、手の中に感じる冷たさが、彼の心を凍りつかせた。
彼女は消えてしまうのか、またあの世へ行ってしまうのか。
その思いが、彼の中で交錯し恐れを増していく。
彼女の存在が揺らいでいるのを見て、修司は気づいた。

「あなたを救う」と、修司は心の中で誓った。
彼は勇気を振り絞り、声を張り上げた。
「木よ、彼女を救うことができるなら、私に力を分けてほしい!」その言葉を口にした瞬間、空気が震えるような感覚に包まれた。

風がその場を通り抜け、桜の花びらが舞い上がる中、少女は微笑みを浮かべて「ありがとう」と呟いた。
彼女の存在が徐々に薄れていく中で、修司は確かに何かを感じた。
彼自身が彼女を救う力を持っていたのだ。

友人たちの元に戻った修司は、しばらく何も言えなかったが、心のどこかで彼女を思い続けていた。
原っぱを離れる際、彼は振り返り、その桜の木に感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「忘れないから」と心の中でつぶやく。

それ以降、修司はその不思議な体験を胸に、何度も原っぱに戻ることはなかった。
だが、時折夢の中であの少女が現れ、彼に感謝の微笑みを浮かべていた。
彼は彼女を救ったことを信じ、そして彼自身も何か大切なものを救い続けていることに気づくのだった。

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