田舎の小さな村には、古びた「放浪の館」と呼ばれる場所があった。
その館には、かつて旅人たちが多く訪れたと言われているが、最近では誰も足を踏み入れることはなくなっていた。
村人たちの間では、その館にまつわる不気味な噂が広まり、次第に「住んではいけない場所」として忌避されるようになった。
物語は、主人公の慎二が友人の恵美と共に那須の温泉に行く途中、ふとした好奇心から「放浪の館」を訪れることになったところから始まる。
彼らは好奇心に駆られ、館の正面に立つと、そのひび割れた壁と剥がれたペンキは、まるで過去の人々の悲しみを語っているかのように見えた。
「どんな人たちが住んでいたんだろうね?」と恵美がつぶやくと、慎二は興味津々で「中に入ってみる?」と提案した。
彼女は少し躊躇ったが、好奇心に勝てず二人は館の中へ足を踏み入れた。
館の中は薄暗く、埃が舞い上がるたびに不気味な音が響いた。
慎二と恵美は、ほんのりとした懐かしさと少しの恐怖を感じながら、館の奥へと進んで行く。
壁にはかつての住人たちの写真が飾られていたが、その表情はどこか影を落としていた。
を通り過ぎると、急に館全体が揺れ、両者は驚いて振り返った。
しかし、何も起こらなかった。
その瞬間、急に空気が重くなり、まるで何かが彼らを見つめているような感覚がした。
恵美は恐れを抱き、「慎二、帰ろう」と言ったが、慎二は引き続き探索を続けた。
やがて、彼らは小さな部屋に足を踏み入れた。
そこには、古びた鏡が立て掛けられており、鏡の中には何か不気味な影が映っていた。
慎二はそれを見て不安を感じあったが、その影が自分たちであるかのように思えてたまらなかった。
「ねえ、これ見て。何か映ってる!」と慎二が指を指すと、恵美は恐れで声が震えながら、「すぐそこに、誰かいるみたい…」と答えた。
その瞬間、鏡に映る影は突然、向かいの壁に向かって消えた。
彼らは驚き、急いで部屋を出ようとした。
館を出ようとした時、突然外から重い風が吹き荒れ、戸が閉まり切られた。
怖くなって、二人はドアを叩いて助けを呼び始めたが、周囲は静まり返っていて、まるで誰も彼らを助けようとはしないかのようだった。
すると、廊下の奥から不気味な声が聞こえてきた。
「こちらへおいで…」それは柔らかく、でも冷たい声だった。
恵美は震えながら「もう逃げよう、お願い…」と叫んだが、慎二はその声に引き寄せられるように、廊下の奥へと進んでしまった。
「待って!」恵美は必死に呼びかけるが、慎二はその声を無視して奥に進んでしまった。
恵美はもう一度彼の手を取ろうとしたが、慎二はまるで何かに取りつかれているかのように動けなかった。
彼はしばらく鏡の前に立ち尽くし、目を見開いていた。
その瞬間、慎二は鏡に映った自分の姿を見た。
鏡の中の自分は、恵美を見てニヤリと微笑んでいた。
しかし、その表情は慎二のものではなく、全く別の存在だった。
それに気づいた恵美は、恐怖から逃げ出そうとしたが、彼女の後ろにはすでに闇の中に潜む影が迫っていた。
「これからは、私たちが一緒に住むのよ」と薄暗い声が響き、その瞬間、恵美は恐怖のあまり叫んだ。
だが、その声は館の静けさに飲み込まれてしまった。
館の明かりが急に消え、全てが闇に包まれた。
次の日、村人たちは「放浪の館」へ向かうことはなくなった。
中に入った慎二と恵美の姿は二度と見られず、ただ不気味な噂だけが静かに広がっていった。
そして、館の暗がりに映る影は、旅人たちを引き寄せることを決してやめなかった。