薄暗いトンネルの中で、鈴木彰は不安な気持ちを抱えながら歩いていた。
彼の友人たちが言うには、このトンネルには「怪しい」噂があった。
そこに一歩足を踏み入れた者は、自身の「折れた」心を再確認させられるというのだ。
友人たちは遊び感覚でその噂を聞いていたが、彰は何か不吉なものを感じていた。
丸木の支柱が白く苔むしたトンネルの中、足元に注意を払いながら進んでいると、突然、静寂が訪れた。
彼は何か異変が起きたのではないかと背筋が寒くなった。
周囲の音は、まるで彼がトンネルの中にいることを忘れさせるように静まり返っていた。
彼は少し立ち止まり、耳を澄ませた。
その時、トンネルの奥から微かな声が聞こえた。
「助けて…」それは女の子の声だった。
彰は躊躇いながらも、その声の方へ向かうことにした。
声がどこからか分からないまま、彼は進む。
しかし、声はどんどん遠ざかっていき、トンネルの奥へ奥へと引き込まれていくように感じた。
数メートル進むと、彰は突然、目の前が真っ暗になった。
何かが目の前を覆ったのだ。
恐る恐る手を伸ばし、周囲を確かめると、冷たい空気が肌を包んだ。
彼は心拍数が上がっているのを感じ、冷静でいようと必死になった。
その時、彼の視界が暗がりを抜け、闇の中に浮かぶ一つの影を見た。
それは、彼の目の前に立つ少女の姿だった。
薄暗いトンネルの中で、彼女の姿はどこか異様で、視線がどこか遠くを見つめているように感じた。
彼女は笑顔を見せたが、どこか不気味な笑みでもあった。
「どうして私を呼ぶの?」彰は震えながら尋ねた。
少女は微笑みを浮かべたまま、「あなた、気づいていないの?」と答えた。
彼女の声は甘く、しかし、どこか冷たい響きを持っていた。
「私の名前は美咲。あなたは、心のどこに傷を持っているの?その折れた部分を覚えていますか?」その言葉が彼の心に突き刺さるように響いた。
自分が過去に抱えてきた不安や恐れ、そして失ったものについて考えさせられた。
彼は自己嫌悪に陥り、心の内側がざわめいた。
美咲の姿が徐々に近づいてくる。
笑顔を浮かべている一方、彼女の身体からは、何か不吉な「気」が漂っているように感じられた。
「あなたが大切に思っていたもの、失ったものは?それを思い出してみて」と美咲は囁く。
突然、トンネルの壁から冷たい風が吹き、彰を押し返した。
「やめて!」彼は叫んだ。
心の中から恐怖が湧き上がり、彼は必死で逃げようとした。
しかし、トンネルの間隔はどんどん狭まっているように感じた。
「あなたは私と共にいて、あなたの心が折れたことを認めなくてはならない。さあ、私の中に入って来て…」美咲は彼に迫った。
彰はその瞬間、自分が失ったものが何であるかに気づいた。
家族、友人、そして自分自身の心の平穏。
彼はすでに心の中でその「折れた」部分が分かっていた。
「私は…私は大切なものを失った…」彰は自らの弱さを認めた。
美咲は微笑み、その瞳に何かが宿った。
「そのことを受け入れたなら、あなたも私と同じ。だれもが折れた部分を持っている。その部分を忘れてはいけないのよ。」
トンネルの中は再び暗闇に包まれ、何も見えなくなった。
彼は自分の弱さを受け入れ、再びそこに戻ることを恐れないと決めた。
目の前の少女の姿が消え、トンネルの出口の光が見えてきた。
彼は不安を抱えながらも、そこを出ることができた。
彼にとっての恐怖は消えてはいなかったが、彼自身の「折れた部分」を見つめ直すことができたのだった。
トンネルの中で体験した「怪」は、彼にとって新たな一歩を踏み出すきっかけとなった。