「折れた声の館」

大学生の佐藤は、友人たちと共に一つの古びた洋館を訪れた。
噂によれば、その館には不気味な現象が多く、特に「謎の声」が聞こえるという。
見た目は年季の入った白い壁と茶色の木製のドア。
彼らは好奇心に駆られ、ダリの絵画のように不気味な空気に包まれたその場所に足を踏み入れた。

「本当に声が聞こえるの?」友人の田中が興味を示す。
佐藤はただ頷いた。
彼らは中に入ると、埃の積もった家具や窓から漏れる薄暗い光の中、静寂が広がっているのを感じた。
古い時計が時を刻む音すらも聞こえない、静寂の中で彼らはしばし息を飲んだ。

佐藤は気を引き締めて、居間に向かって歩き出した。
すると、思わぬことに耳元に「折れたか?」という声が聞こえた。
彼は驚いて立ち止まり、周りを見渡したが、誰もいない。
最初は気のせいかと思ったが、再び「折れたか?」という声が響く。

「どうしたの?」と田中が心配そうに尋ねる。
佐藤は「誰かが聞こえた気がする」と言ったが、友人たちは声の正体に興味を持っている様子だ。
「お前の気のせいだろう」と笑いながら、彼らは別の部屋へと進んで行く。

佐藤は周囲の物に目を向けた。
古風なランプやチェスト、そして、壁に掛けられた不気味な肖像画。
彼の目は、肖像画の中に浮かぶ女性の瞳に引き寄せられる。
絵の中の彼女は微笑みを浮かべながら、どこか悲しげな表情をしていた。
他の友人たちが声を出して話している中でも、その女性の視線はずっと佐藤を見つめているように感じた。

恐るべき神秘に取り憑かれたような気持ちになりながら、彼は次第にその声がただの気のせいではないことを確信する。
「お前も聞いてる?声が何度も聞こえる」とつぶやいたが、誰も信じてくれなかった。
このまま終わるはずがないと思い、佐藤はその声の正体を探ろうと決意した。

他の友人たちが次々と別の部屋へ移動する中、佐藤は一人でその声の発信源に向かった。
耳を澄ませ、声がする方へ進んでいく。
「折れたか?」という声は、まるで彼を導くかのように、奥深くから聞こえてくる。
やがて、彼は階段の上にたどり着いた。

その先には、閉ざされた扉があった。
扉の前で止まり、鼓動が高鳴る。
そのとき、声が再び耳に響く。
「折れている…」その言葉は徐々に力を失っていく。
佐藤は背筋が凍る思いで、扉を押すと、抵抗がなく開いた。
中には薄暗い部屋と、その中央に置かれた古いコーヒーテーブルがあった。
テーブルの上には、折れた木の枝と真っ白な手紙がある。

彼は、恐る恐るその手紙を手に取り、読み上げた。
「折れた者は読まれる運命にある。折れてしまった者は帰れない。」その瞬間、不気味な冷気が彼を包み込み、背後で「折れたか?」という声が再び響き渡った。

驚きで身を竦めた佐藤は、振り返ろうとしたが体が動かない。
目の前に女性の姿が現れ、その悲しげな目が佐藤を見つめている。
「私はもう帰れない。あなたも同じ運命よ。」その言葉と共に、彼の視界が真っ暗になった。

友人たちは何度も彼を呼びかけたが、彼の姿はその館の中に消え、ただ薄暗い部屋と折れた枝が残されるだけだった。
それ以来、館を訪れた者たちが「何かを折る者」として語り継がれ、彼の声が館の中に響き続けることとなった。
彼は今も、その声の中で、誰かが「折れたか?」と尋ねるのを待ち続けているのかもしれない。

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