「抗う影の囁き」

静かな夕暮れ時、山々に囲まれた古びた村の外れに、誰も訪れることのない廃屋があった。
その家の名は、村人たちの語り草によると「抗の屋敷」と呼ばれていた。
かつてここには、元気いっぱいの家族が住んでいたが、ある晩、突如として消えてしまったという。

そうした噂を耳にした大学生の佐藤健太は、肝試しのために仲間の佐々木美咲と中村亮と共に、その屋敷を訪れることにした。
興味を持った彼らは、真夜中の屋敷に潜入し、忘れ去られた恐怖に自ら挑むことにした。

「怖いのは嫌だけど、確かに謎が気になる」と美咲は言い、亮は「なんでもいいから、先に行こうぜ」と意気揚々だった。
こうして、彼らは闇に包まれた屋敷の扉を押し開け、ふいに目の前に現れた古びた廊下に足を踏み入れた。

薄暗い内部は、年月を経て色あせた壁紙やほこりまみれの家具で覆われていた。
異様な静けさが漂う中、彼らは一部屋ずつ探索を始めた。
最初に見つけたリビングルームでは、かつての家族の面影を感じさせる品々が無造作に置かれていた。
しかし、何か不自然な雰囲気が彼らを包み込み、心のどこかで彼らを警戒させた。

「この家、なんか変だな」と亮がつぶやく。
美咲も同意するように頷いたが、健太は自信満々に「大丈夫だよ、こんなのただの古い屋敷さ」と笑い飛ばした。
だが、その瞬間、廊下からかすかに囁くような声が聞こえた。
「出て行け、出て行け…」

「今、何か聞こえた?」と美咲は顔色を変え、亮も不安げな表情を浮かべた。
「大丈夫、多分風の音だよ。怖がるな」と言いながら、その声の正体を追いかけようと、健太はさらに奥へと進んでいった。

彼らは次第に屋敷の奥へと入り、真ん中の部屋へたどり着く。
そこには大きな仏壇が置かれ、その前には無数の子供の絵が描かれた紙が散乱していた。
「ここは何か特別な場所だったのかもしれない」と亮が言うと、美咲は「あの家族の子供たちが無事であることを願うばかりだ」と、少し安堵した様子で返した。

そうしていると、再びあの囁く声が響いた。
「抗え、抗え…」彼らの心をさらにざわめかせる中、一瞬の静寂が訪れた。
その瞬間、廊下から冷たい風が吹き、彼らの背筋をぞくっとさせた。
「帰るべきなんじゃないか」と美咲が言った。

健太は逃げるかどうか迷ったが、屋敷の謎を解き明かしたいという気持ちが勝っていた。
「行こう、もう少しだけこのまま探索しよう」と言い返した。
亮は賛成できずにいたが、どこか健太の言葉に従わざるを得なかった。

その時、再び声が響いた。
「抗え、抗え…」今度はどこか泣き叫ぶような響きが感じられた。
その声は彼らを揺さぶり、抗おうとする意思を試すかのようだった。

「この声…誰のものなんだ?」突然、健太は不思議な感覚に襲われた。
何かが彼の心の奥底に響き渡り、彼は思わず周囲を見渡した。
その瞬間、目の前に、消えかけの影が現れた。
無邪気な笑顔を見せる子供たちだった。
しかし、その表情は次第に悲しみに変わり、健太は手が動かなくなった。

恐怖に凍りつき、彼方の影たちは一斉に消え去り、代わりに強い音を立ててドアが閉まった。
「出て行け!」という声が再び響いた。
健太は急に恐怖を感じ、背後を振り返ったが、すでに美咲も亮もその場にいなかった。

彼は逃げられなくなり、ただその声に抗うしかなかった。
しかし、「抗え、抗え…」と囁く声を無視することなどできなかった。
そして、何もかもが暗闇に引き込まれ、そのまま意識を失った。

次に目を覚ました時、彼は静かな村に立っていた。
その廃屋はもうそこにはなかった。
ただ、風が通り抜ける中で時折、小さな声が聞こえてきた。
「抗いてほしい…」

あの夜の出来事が現実だったのか夢だったのか、健太にはわからなかった。
しかし彼は、あの家族が求めていたものを心のどこかで感じていた。
彼は一つの責任を背負う羽目になり、抗うことの意味を考えつづけるのであった。

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