「扉の向こうの悪」

静かな山村の奥深く、古びた屋敷がひっそりと佇んでいた。
この屋敷には、村人たちが語る恐ろしい噂があった。
誰もがその場所には近づかず、特に夜になると近寄る者は皆無だった。
屋敷の中には一つの扉があり、それは常に閉ざされていたという。
しかし、その扉は普通の扉ではなかった。
鬼が住まう場所への入り口だと村人たちは怯えながら語った。

ある日、若者の健二は好奇心からこの屋敷に足を踏み入れた。
彼は村の噂を半信半疑で聞いていたが、その真実を確かめるためには実際に行ってみるしかないと思ったからだ。
暗い廊下を歩くにつれ、彼の心は高鳴り、周りの冷たい空気が肌を刺すように感じた。
それでも彼は恐れを振り払い、真実を探るために奥へと進んでいった。

ついに、村人たちが語っていた扉の前にたどり着いた。
木製の扉は艶やかな黒色で、重厚感があり、どこか忌まわしい雰囲気を漂わせていた。
勇気を振り絞って扉を押し開けようとした瞬間、彼の心の奥にある不安が一気に噴き出した。
何かが彼の中で警鐘を鳴らしていたが、彼はその声を無視して扉に触れた。

すると、扉は不気味な音を立ててゆっくりと開き、暗い空間が現れた。
中には何も見えない黒い闇が広がっていたが、その奥から冷たい風が吹き抜け、まるで誰かが彼を招いているように感じた。
健二は驚きながらも、扉の奥へと足を踏み入れた。

暗闇の中に進むにつれて、彼の心には奇妙な感覚が生まれた。
まるで誰かが背後に迫っているように、恐怖が胸を締め付けた。
それでも、彼は一歩一歩進み続けた。
やがて明るい光が彼の目の前に現れ、そこには一人の鬼が立っていた。
恐ろしい顔つきに鋭い牙、そして目は恐怖に満ちていた。

「よく来たな、健二」と鬼は低い声で告げた。
彼はこの瞬間、自分の心臓が高鳴るのを感じた。
自分の身に何が起こるのか、全く理解できなかった。
しかし、鬼は続けた。
「お前はこの扉を開けたことで、私の心の奥深くに踏み込んだ。お前は私の存在を認めたのだ。さて、何を望む?」

健二は恐れと興奮の間で葛藤しながら言った。
「真実を知りたいと思ったから、ここに来ました。あなたが何者なのか、そしてこの扉の意味を教えてほしい。」

鬼はその言葉を聞いてにんまりと笑った。
「私とは、この屋敷に封印された悪の象徴だ。扉を開く者は、私の心の深淵に触れることができる。しかし、そこには恐ろしい真実が待っている。お前には耐えられるのか?」

「耐えてみせます。自分に何ができるか試してみたいのです。」健二の心の中には、少しの勇気と大きな好奇心が渦巻いていた。

鬼は頷いた。
それから、彼の目の前に一枚の鏡を差し出した。
「これを見ろ。ここにはお前自身の心が映し出されている。お前の内に潜む悪、恐怖、そして欲望が全て見えるだろう。」

健二は恐る恐る鏡を覗いた。
すると、彼自身の心の内に渦巻く暗い感情が映し出され、彼は思わず後退った。
自分がこれまで抱えていた恐怖や、他者への妬み、不満、そして暴力的な欲望が映し出された。
彼はその光景に愕然とし、自分が思い描いていた英雄像が全くの現実とは異なることに気付いた。

「これが、お前の心の真実だ」と鬼は言った。
「人は誰しも、表面上は善であっても心の奥には悪が潜んでいる。しかし、その悪を受け入れなければ、真の自由は得られない。お前はどちらを選ぶ?」

健二は戸惑いながらも、自分の中の悪と向き合い、受け入れることを決意した。
その瞬間、鬼の眼差しが柔らかくなり、彼に願うように告げた。
「では、お前は真実を受け入れた。私がこの場所から消えることで、お前は自由になれる。しかし、同時に心の中には私の存在が残るだろう。」

鬼はそう言い残し、静かに消えていった。
扉も静かに閉まろうとしたその時、健二は強くその扉を押し開け、自分が新しく得た心の一部を抱えながら外へと飛び出した。
彼の心には、悪を受け入れたことによる解放感と、これからの選択の重要性が刻まれていた。

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