夏のある晩、友人の太郎と健一は浜辺でキャンプをすることに決めた。
その浜は地元でもあまり人が訪れない場所で、その静けさが心地よいと二人は考えた。
しかし、その浜には古くから伝わる曰くがあった。
それは「戻る者が、生を奪う」というものだった。
焚き火を囲みながら、二人は笑い合い、楽しい時間を過ごした。
月明かりの下、浜辺は一面の銀色の絨毯のように輝いていた。
しかし、夜が更けるにつれ、波の音が少しずつ大きくなるのを感じた。
太郎は不安に思ったが、健一は気にしない様子で酒を飲み続けた。
そのとき、何かが浜辺の奥から近づいてくるのを二人は感じた。
黒い影が水面を横切る。
その姿は人の形をしていたが、どこか異様で、目が合うと背筋がゾクッとした。
太郎は声を上げようとしたが、健一はその影に魅了されたように動かなくなっていた。
「健一、戻ろう!」太郎は友人を shake して、無理やり振り返らせた。
健一は「いや、見てみよう」と言い、影の方へ歩き出した。
太郎は彼を止めようとしたが、心のどこかで、健一がその影に惹かれていることを理解してしまった。
その瞬間、浜の風がピタリと止まり、影はふっと消えた。
二人は驚き、周囲を見回したが、何も見当たらなかった。
太郎は不安を抱えていた。
「もう帰ろう、なんだかおかしいよ。」
だが、健一は静かに「大丈夫だよ、何か見つかるはずだ」と言い続けた。
その言葉がさらに太郎を不安にさせた。
彼は友人が何かに囚われてしまったように思えた。
次の日、太郎は目を覚ますと、健一がいないことに気づいた。
辺りを探し回るうちに、浜から少し離れた場所にたどり着くと、薄明かりの中、健一が砂浜に座っているのを見つけた。
彼の表情はどこか浮かび上がっていて、不思議な安心感があった。
「健一、何をしているの?心配したんだ。」太郎は彼の元に駆け寄った。
しかし、健一は無言で彼を見上げるだけだった。
声をかけても、彼の目には生気がなく、何とも言えない空虚感が漂っていた。
太郎は不安を抱えながらも、彼を引きずり上げようとした。
その時、向こうから「あの影がもう戻ってくるよ…」という女性の声が聞こえた。
二人は振り返り、目の前に一人の女性が立っているのを見つけた。
彼女は浜辺の奥を指さし、「そちらに行くと、あなたの友人は戻って来ない。彼はその影に生を奪われてしまったの」と告げた。
太郎は心が締め付けられる思いだった。
「健一、頼む、戻ろう!」彼は必死で友人の腕を掴むが、健一はまるで意識がないかのように、動こうとしなかった。
「戻る者は、生を奪う」と女性は再度繰り返した。
太郎は彼女の言葉が心に重く響き、ついに理解した。
健一を助けるには、彼自身も何かを犠牲にしなければならないのだ。
太郎はついに決意し、健一を抱きしめた。
「ごめん、健一。君を助けるために、私が代わりになる。」声を上げ、涙がこぼれ落ちた。
そして、太郎は浜の奥深くへと足を運んだ。
真っ暗な水の中で、ただ一つの影が彼を待っていた。
健一はその横に立ち、少しずつ彼の姿が薄くなり、やがて波の中に飲まれていった。
数日後、村人たちは浜辺に現れた。
誰も二人のことを知りはしなかったが、浜の波の音がいつもよりも哀しげに聞こえた。
そして、時折、その浜に現れる影が、今も何かを待っているように見えた。