秋の深まるある日のこと、大学生の健太は、友人たちと一緒に古びた神社を訪れた。
この神社は、地元で「時を戻す神」として知られ、長い間人々の間に伝わる不気味な噂があった。
「この神社の境内で、一度だけ願い事をすると、失った時間を取り戻せる」と言われていたのだ。
肝試しのつもりで神社を訪れた健太たちだが、悪戯心から実際に願い事をすることにした。
「昔の恋人に会いたい」と願った健太は、友人たちの笑い声を背に、神社の本殿に向かった。
暗く静まり返った境内は、月明かりによって薄明かりの中に浮かび上がっていた。
本殿に足を踏み入れると、彼は背筋がぞくりとするような感覚に襲われた。
周囲の静けさは異様で、唯一聞こえるのは彼の心臓の鼓動だった。
健太は祈りを捧げ、目を閉じて願った。
「もう一度、彼女に会わせてほしい」と。
その時、彼の心に何かが響いた。
戸惑いながらも彼は、強い不安や興奮が彼を包み込んでいくのを感じた。
その瞬間、彼の目の前に不思議な霧が立ち込め、周囲の景色が暗くぼやけていった。
健太は急に視界が開けると、懐かしい風景が広がっていた。
彼は驚き、振り返るが、友人の姿は消えていた。
彼が立っていたのは、数年前の彼の記憶の中にある場所だった。
あの日の公園、彼女と一緒に過ごした思い出の場所だ。
目の前には、かつての恋人、春香の姿が映っている。
彼女は可愛らしい笑顔を浮かべており、健太に手を振っていた。
「健太、久しぶり!」彼女の声が爽やかに響いた。
しかし、彼の心には違和感があった。
彼女は確かに春香であり、その声や笑顔は昔と変わらない。
しかし、彼女の周囲には薄暗い霧が漂い、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。
「どうしてここにいるの?」健太は動揺した心を抑えながら尋ねた。
「あなたが私に会いたいって言ったから、戻ってきたのよ。」春香は微笑みながら答えた。
しかし、その笑顔は次第にかすんでいくように見えた。
時が経つにつれ、彼の心に恐怖が芽生えていく。
「私、もうここにはいないの。」春香の言葉が、思わず健太の心を刺した。
彼はその瞬間、彼女が事故で亡くなったという現実を思い出してしまった。
彼は慌ててその場から逃げようとするが、足が動かない。
「行かないで、健太。ここにいれば、私と一緒にいられるわ。」春香の声は、次第に甘美な響きに変わっていった。
そこに引き寄せられるように、彼はその場に立ち尽くしていた。
しかし、薄暗い霧が彼を包み込み、その瞬間、彼は再び倉庫に戻された。
目が覚めると、彼は元の神社の本殿に立っていた。
周りは静まり返り、時間が戻ったかのように思えた。
サラサラと風が吹き、何もなかったかのような平和な光景が広がっていた。
しかし、健太の心には喪失感が渦巻いていた。
彼は友人たちの姿を探したが、誰もいなかった。
焦った健太は出口を求めて神社を後にした瞬間、ふと耳にした。
「また戻っておいで、健太。」その声は、春香のものであった。
彼は背筋が凍りついた。
時を戻すことができたのは、彼が一度失ったものの影だった。
彼女はもう彼の手の中にはいない。
しかし、彼の心の中には、いつまでも春香が住み続けるのだろうと、胸の奥に重い気持ちを抱えながら、暗い道を一人進んでいった。