「戻ってきた影」

彼女の名前は美香。
ちょうど夏の終わり、彼女は友人たちと一緒に小さな町の郊外にある古びた神社に行くことになった。
この神社は、地元で「忘れられた神社」と呼ばれており、時折、神社周辺で奇妙な現象が起きるとも噂されていた。

美香は心霊現象を楽しむ友人たちに影響され、自ら進んで神社の探索に参加することに決めた。
自信満々に神社へ足を踏み入れた美香は、友人たちの期待に応えるように、さっきまでの明るい笑い声を背に神社の奥へと進んでいった。

神社の境内は、打ち捨てられたような雰囲気で溢れていた。
風に揺れる木々の間から、薄暗い光が差し込み、どこか不気味な影を作り出していた。
美香は、それを見て心がざわつくのを感じた。
「大丈夫、ただの神社だよ」と自分に言い聞かせる。

「ほら、こっちだよ!」友人の健二が奥のほこらに向かって指をさした。
美香は不安を感じつつも、健二について行くことにした。
ほこらは、古びた石でできたもので、亀裂から草が生えていた。
その周囲には、昔の人々が供えたと思われる腐ったお菓子やお酒の瓶が散らばっていた。

「この神社の裏には、誰もが知ってる怖い話があるらしいよ」と健二が言った。
「昔、ここで神様に祈った人が、ずっと神社に残ってしまったって。」

友人たちがわいわいと話しているのを聞きながら、美香は一瞬、何かを見た気がした。
背後から感じた視線。
振り返ると、そこには誰もいなかった。
しかし、その瞬間、不気味な冷気が背中を走った。
彼女は自分の直感を疑ったが、心の奥底で何かが叫び始めていた。

「美香、ほらここ!」友人が声を上げる。
どうやら地下に続く道を見つけたようだった。
美香は不安が募るが、友人たちの興奮に押されて地下道に入ることにした。
石の階段を降りるにつれ、空気がひんやりし、彼女はますます緊張した。

地下にはひどく湿気があり、壁は苔むしていた。
時折、微かな音が響いた。
「これ、気持ち悪いね」と美香が言った。
「早く出ようよ」。
友人たちは笑って続けて行くが、美香は次第に孤独を感じ始めた。

その時、突然、微かに耳を打った声が響いた。
「戻ってきて……」美香はその声に驚き、心臓が高鳴った。
もしや、自分の耳がおかしくなったのかと思い、耳を塞いだ。
しかし、声は再び聞こえた。
「戻ってきて、戻ってきて……」

友人たちに声をかけようとも思ったが口が動かなかった。
瞳の端に何かが見えた。
ゆらゆらとした影。
美香は恐怖に押し潰される思いで、もう一度振り返った。
すると、黒い影の中に、かすかに人間の顔が見えた。
それは、怒りと悲しみが交錯した表情だった。

「誰……だ?」美香は声を絞り出した。
影は無言で近づいてきた。
彼女は逃げようとしたが、地下道の出口は目の前にあるのに、進むことができなかった。
頭の中で、「戻るべきだ」と繰り返される声がこだまする。

ようやく、暴走する思いに踊らされるように、美香はその場を離れる決意をした。
彼女は無我夢中で走り出し、友人たちの元に戻る途中で再び背後に冷たい気配を感じた。
振り返れば、影は追ってきていた。

地下道を抜け、外に出ると、夜空が彼女を包んだ。
美香は全速力で仲間のもとにたどり着き、全員に神社から離れるように叫んだ。
彼女の手は震え、視線は常に後ろへ向いていた。

「どうしたの!?」友人たちは驚き、何が起きたのかわからなかった。
美香は必死に説明しようとしたが、言葉はうまく出てこなかった。
ただ、影がまだ近くにいるような気配がしていた。

それ以来、美香はその神社には近付かないと決めた。
しかし、その夜の出来事は彼女の心の何処かに影を落とし続け、時折夢の中に現れる影の存在が、彼女を恐れさせることとなった。
彼女は別の町で新たな生活を始めたが、あの神社の影は彼女の日々に忍び寄り続けた。

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