夜の帳が下る頃、静まり返った町の片隅に、あまり人の足が通らない古びた神社があった。
かつては賑わっていたその場所も、今では荒れ果て、雑草が生い茂り、神社の祭りや行事は忘れ去られて久しい。
しかし、一部の囁きによれば、この神社には憎しみをもたらす禁忌が潜んでいると言われていた。
神社の境内に住むとされるのは、無念の死を遂げた女性の霊だった。
彼女の名は美香。
婚約者を持ち、幸せな未来を夢見ていた彼女だったが、その夢は悲劇により打ち砕かれることとなる。
美香の婚約者は、彼女を裏切り、別の女性と恋仲になってしまったのだ。
美香はその事実に耐えられず、嫉妬と憎しみの感情に飲み込まれ、心を病んでしまった。
彼女は絶望の果てに、神社の境内で命を絶ってしまったという。
時は流れ、美香の話はほんの噂程度にしか残っていなかったが、だれかの耳に入ると必ず警告された。
「神社には近づくな。美香の憎しみが、訪れる者を呪う」と。
たとえそれが冗談であろうと、町の人々はもうその神社には寄り付こうとはしなかった。
しかし、ある日、若者たち—大輔、翔太、そして彩—は好奇心に駆られて神社の境内に足を踏み入れることにした。
彼らは「ただの噂だろう」と高を括り、肝試しのつもりで訪れたのだった。
月明かりの下、神社は異様な静けさに包まれ、彼らの心に不安の影を落とす。
ただの古い社殿とは思えないほどの重苦しい空気が漂っていた。
「こんなとこ、なんで人が来ないんだろうな」と大輔が言うと、翔太は「ただの幽霊話だろう」と笑い飛ばした。
彩は少し不安になりながらも、友達に寄り添って神社の本殿へと進んだ。
本殿の扉をそっと開けると、そこには薄暗い室内と、黒ずんだ木の祭壇があった。
奇妙な違和感を覚えたその瞬間、彼らは気付いた。
祭壇に置かれた花瓶の中に、枯れた花がぎっしり詰まっていたのだ。
「これは…誰かが供えたのか?」翔太が言うと、大輔はただ黙って喉を鳴らした。
まるで何かが彼らを見ているかのようだった。
じわりじわりと、背筋に寒気が走った。
そして、一瞬の静寂の後、突然、室内の空気が変わった。
重い霧が立ち込め、それに包まれるようにして現れたのは、美香の霊だった。
彼女の眼差しは冷たく、どこか恨みが込められたように見えた。
「あなたたち、何をしに来たの?」美香の声は静かに響いた。
しかし、その言葉には底知れない憎しみが翳っていた。
「私の恋を踏みにじった男を、あなたたちは見つけられない。憎しみは私のものではなく、あなたたちのものになるの。」
大輔は恐怖で動けず、翔太は言葉を失った。
彩は恐れに駆られ、「ごめんなさい。私たちはただの勇気試しで…」と言いかけた瞬間、美香は冷たい微笑を浮かべた。
「あなたに私の憎しみを託しましょう。これからの人生、私の代わりにその者を憎むがいい。」言葉と共に、彼女の姿は次第に霧のように消えていった。
その後、若者たちは神社を飛び出し、息を切らしながら逃げ回った。
しかし、何かが変わったのだ。
彼らの心の中に、影が忍び込んでしまった。
日を追うごとに美香の憎しみが濃くなり、誰かを恨む気持ちが芽生え始めた。
大輔は次第に友人の翔太に対しても反発を感じるようになり、彩とも距離を置くようになって行った。
その中で美香の声が彼の心を蝕んでいく。
「あなたも私の愛を奪ったのだから、彼を憎むのが当然よ」と囁く。
数ヶ月後、翔太は街で事故に遭い、亡くなってしまった。
彩も失意に沈み、大輔は一人取り残された。
彼女の呪いは確実に実を結んでいた。
そして、美香の憎しみは、彼自身のものに変わり果てていた。
その神社には今でも、憎しみを抱えた若者たちの噂が立つ。
あの場所に近づく者は誰でも、彼女の不満を背負わされ、苦しむ運命にあると。
美香の存在は、境界の向こうから、新たなプレイヤーを探しているのだから。
彼女の呪いは、生き続けているのだ。