深夜の駅は静寂に包まれ、普段の喧騒が嘘のように消え去っていた。
普段は人が絶え間ないこの場所も、今は経由の終電を逃した数人の乗客だけが立ち尽くしていた。
そんな中、遥（はるか）という名の一人の女性が、ホームの端に立っていた。
彼女は目的もなく、しばらく駅の照明を見つめていた。
遥は、最近恋人に振られたばかりだった。
彼女の心には愛の痛みが残り、暗い駅の光さえも、その悲しみを増すように見えた。
しかし、そんな時、何かに引き寄せられるように、彼女は遠くのホームに目を向けた。
そこに立つ一人の男性が目に入った。
「真司（しんじ）……？」
遥の心は一瞬で高鳴った。
真司はかつての彼女の初恋相手だった。
しかし、彼と彼女は別の道を進むことになり、その後は連絡を取っていなかった。
忘れていたはずの愛情が、瞬時に蘇ってきた。
だが、真司がそこにいるはずはない。
彼は多忙な生活に追われていた。
遥は一瞬、幻覚かと思ったが、無性に彼に会いたくなった。
すると、真司がその場に立ち尽くしたまま、ゆっくりと彼女の方へ歩み寄ってきた。
彼の顔は柔らかく、笑顔を浮かべているようだ。
その瞬間、遥の心の中に暖かい光が差し込んだ。
「遥、久しぶりだね。」
真司の声が優しく響く。
遥は思わず涙がこぼれそうになった。
彼女は心から彼に会いたかったのだ。
だが、次の瞬間、彼の存在に不安が訪れた。
周囲の時間が止まっているようで、彼がいつの間にか近づいているのに、彼女はただ立ち尽くすしかなかった。
「ここにいると、さみしいよ。」
真司はかすかな表情で言った。
その言葉が遥の心に突き刺さる。
彼女は何か不穏なものを感じつつも、ただ目の前の彼を見つめ続けた。
「愛は時として、間違った形で現れることがある。」
真司の言葉は、遥の心をさらに締め付ける。
彼女は感じ始めた。
これはただの再会ではない。
真司の姿はまるで過去からの影のように見えた。
そして、近づいてくるにつれ、何か異様な光が彼の周囲に漂っているのに気づいた。
困惑した遥は一歩後退り、真司をさらに見つめた。
彼はその視線を受け止め、微笑み続けたが、次第に彼の顔がかすんで見え始めた。
まるで光のような温かさも、同時に冷たさを内包しているようだった。
「真司、あなたは……死んでいるの？」
彼女の心の底からの問いかけに、真司は一瞬驚いたように目を見開いた。
だが、やがて静かに頷いた。
その瞬間、遥の心は真実を知ることになった。
彼はすでにこの世にいないのだ。
彼女の中で、愛そのものが彼を求めていたのだということを。
「君の心の中に、僕はずっといる。」
その言葉が響くと同時に、真司の存在が徐々に薄れ、光の中に消えていった。
遥は慌てて彼に手を伸ばしたが、彼を捕まえることはできなかった。
ただ、その消え去る瞬間に気づいたのは、彼が本当に愛していたのは彼女であり、そしてずっと彼女を見守っていたということだった。
駅の中は再び静まり返り、遥は一人残された。
彼女の心には痛みがあったが、同時に彼の愛が生き続けていることを感じていた。
駅の明かりは恐ろしいまでに白く輝いていて、その中に真司の温もりがまだ息づいているようだった。
遥は深い息をつき、心の中で彼に微笑みかけた。
どんなに距離が離れても、真司の愛は彼女と共にあり続ける。
それが彼女に与えられた真実だった。
彼女は再び駅を後にすることを決意し、温かい光と共にその場を去った。
