廃れた街の端に、かつての繁華街があった。
その中心には、古びた喫茶店があったが、今や無惨に朽ち果て、誰も訪れない場所となっていた。
入り口のドアはかすかに開き、室内は埃で覆われ、薄暗い空気が漂っていた。
浪(なみ)は、そこに住む一人の若者だった。
浪は高校を卒業したばかりで、将来も定まらないまま、親が残したこの喫茶店に住み込むことにした。
彼は時折、思い出を掘り起こすかのように、喫茶店の片隅で過ごしていた。
そこには、彼の恋人であった美香(みか)との日々が色濃く残っていた。
二人はこの喫茶店で初めて出会い、愛を育んだ。
しかし、美香はある事故で突然この世を去ってしまった。
浪は彼女を失った悲しみを抱え、喫茶店での思い出に浸る日々を送り続けていた。
ある晩、浪はいつものように薄暗い室内で、彼女のことを思いながらコーヒーを淹れていた。
すると、突然、彼の耳にかすかな音が聞こえた。
「浪…」という柔らかい声だった。
彼は驚いて振り返ったが、誰もいなかった。
気のせいかと思い、再びコーヒーに集中しようとしたが、またしてもその声が聞こえた。
「浪、私だよ…」
その声は確かに美香の声だった。
浪の心臓は激しく鼓動し、彼は恐る恐る周囲を見渡した。
喫茶店の壁にかかった古い鏡に目をやると、そこに一瞬、彼女の姿が映ったように見えた。
彼女は微笑みながら手を振っていたが、すぐに消えてしまった。
興奮した浪は、真夜中の街を探し回り、彼女の存在を求めて奔走した。
人々や友人たちに話をしても誰も信じてはくれなかったが、浪は確固たる気持ちを持っていた。
彼女が自分に向かって呼びかけているのだと信じた。
数日後、浪は再び喫茶店に戻った。
心の中で彼女に会いたいという思いを募らせる。
同じように、彼女もまた何かを待っていたのだと思うと、胸が熱くなった。
その夜も声が聞こえた。
「浪、愛している。私を迎えに来て…」と。
ついに、浪は決断を下した。
美香に会うためには、彼女が望む場所に行く必要があると感じた。
彼は朽ちた喫茶店を後にし、街の外れにある古びた公園へと向かった。
そこで、美香との思い出を再度振り返る。
初めて二人で遊んだブランコ、彼女の笑顔、ささやかな交わり。
彼はそのすべてを胸に刻んで、彼女がいると信じる場所を探し続ける。
時が過ぎ、月明かりの下で、浪は一人静かにしゃがみこむと、涙を流した。
「美香、会いたい。まだ愛している。」
すると、耳元で再び美香の声が聞こえた。
「私も、あなたを待っていた。」その瞬間、彼の前に彼女の姿が現れた。
美香は微笑み、手を差し伸べてきた。
浪は彼女の手を取ると、二人は強く結びつくかのように抱きしめ合った。
だが、それは理想の瞬間のように思えた。
彼女の姿は徐々に薄れていき、浪の目の前から消えてしまった。
残されたのは、ただ静寂だけだった。
愛の証としての記憶だけを与えられたのだ。
浪はその瞬間、彼女を迎え入れることができなかったという悲しみを背負うことになった。
日々が過ぎ、浪は古びた喫茶店に戻り、彼女の愛を胸に生き続けることに決めた。
あの日の冒険や彼女との思い出を忘れずに、愛しい日の記憶を抱いて。
彼は今も時折、耳を傾ける。
「浪、愛している」と彼女の声が聞こえてくることを期待し続けている。