田中健二は、ある日、仕事帰りに自宅近くの古い書店で目を引く一冊の本を見つけた。
「憑りつかれた村」というタイトルのその本は、まるで何かに導かれるようにして彼の手の中に収まった。
異様に古びた装丁と、薄暗い内容に興味をそそられる。
健二はその晩、居間でその本を読み始めた。
ページをめくるごとに、村についての不気味な伝説や、多くの人々がこの村で失踪したことが書かれていた。
伝説によると、この村には「憑りつかれた人間」が住んでおり、何らかの霊的な存在に取り憑かれることで周囲の人々を恐れさせていた。
人々はその村に近づくことさえしなかった。
気になった健二は、その村が実在するのかを調べ始めた。
そして、ある晩、その村への道を示す地図が本の裏に描かれていることに気づいた。
興味が湧いた彼は、翌日、ついにその村へ足を運ぶことに決めた。
健二が村に到着した時、あまりの静けさに鳥肌が立った。
周囲に人の気配がないことに疑念を抱きながらも、彼は村の中央にある朽ちかけた神社へ向かった。
神社の前には、古い石の祠があり、その内部から不気味な雰囲気が漂っていた。
彼が祠に近づくと、突然背後から冷たい風が吹き抜け、顔がひんやりとした。
その瞬間、健二は何かに取り憑かれるような感覚を覚えた。
息苦しさと同時に、頭の中にさまざまな声が響き始める。
「助けて…」「逃げて…」それは彼に警告を与えるような声だった。
彼は動けずに立ち尽くしながら、その時、目の前に一人の若い女性が現れた。
彼女の名前は佐藤あかりと言い、かつてこの村に住んでいたという。
彼女は薄い布に身を包み、まるでこの世の者ではないかのようだった。
あかりは、村の恐ろしい秘密を語り始めた。
「私たちが憑りつかれているのは、村の奥に存在する霊的な存在のせいなの。この村で失踪した人々は、その存在によって操られ、今もその影響を受け続けているの。」
その言葉に健二は驚き、さらに恐怖心が増す。
彼はなぜ自分がこんな場所に来たのか、そして自分も憑かれてしまったのかを理解できなかった。
あかりは彼に警告した。
「このままだと、あなたもこの村の一部になってしまう。急いで逃げなさい。」
しかし、彼の体は動かない。
声は聞こえるが、身動きが取れない状態だ。
周囲の景色がゆがみ、目の前に現れた黒い影が彼を包み込む。
「出られない…」健二の心の中は恐怖でいっぱいになり、身動きができない自分を嘲笑うかのように影が迫ってくる。
その時、健二の視界が変わった。
彼は夢を見ているような感覚に襲われ、周囲の光景が次第に歪んでいく。
彼が何か手を伸ばすと、意識が飛びそうになる。
気づけば、彼は神社の祠の前に再び立っていた。
あかりの姿は消え、村の静けさだけが残っていた。
健二は恐怖心を抑え、すぐに村を後にすることにした。
運転席に戻ると、彼の心にはあかりの言葉が深く刻まれていた。
「逃げなさい…」それは彼を守るための警告であったと、今は理解できる。
道を帰る途中、健二はふと自己反省に浸った。
村の人々が失踪し、憑りつかれてしまったのは、決して他人事ではない。
彼自身もその村の影響を受けていたのだ。
そして、その影響が日常生活にどのように入り込んでくるのか、恐れていた。
帰宅した健二は、部屋の窓を閉め切り、どれだけ恐怖が彼の内面を蝕んでいるのか考えた。
外の世界から隔離されたこの空間が、彼にとって安息の地であるかのように思えた。
しかし、心の奥には、再び村に足を運ぶ好奇心が芽生える。
あかりの言葉が彼の心に残り、憑りつかれた村の記憶に逃げられない恐怖がずっと彼を囚えているのだ。