ある街の外れに位置する古びた一軒家。
長い間、誰も住んでいないその家は、町の人々にとって常に恐れられていた。
周囲にはひっそりとした空気が漂い、街から離れた場所にあるため、噂も取り立てられることはなかった。
しかし、ある出来事がその家の名を人々に再び呼び覚ますこととなった。
その家には、かつて中村という男が住んでいた。
彼は町で有名な薬剤師で、人々からの信頼も厚かったが、彼の持つ知識には裏の顔があった。
彼は自らの研究のため、禁断の薬品や実験を行っており、その結果、町の何人かが行方不明になったと言われていた。
中村は町を影で支配していたが、そのわけが事故か他者の力によるものなのかは誰にもわからなかった。
ある日、中村のもとを何人かの若者たちが訪れた。
彼らは中村の持つ珍しい薬を求め、彼の研究に興味を持っていた。
中村はその誘いに乗り、若者たちを自宅へと招き入れた。
家の中は異様な雰囲気が漂い、不気味な薬品の匂いが鼻をついた。
若者たちは一瞬躊躇ったものの、好奇心からその場を離れられなかった。
その夜、若者たちは中村から「ざ」という名の特別な薬を渡された。
彼がそれを使用することで、さまざまな「悪」を体験することができるという。
中村はにやりと微笑み、その薬によって彼らはどのような変化を体験するのか想像すらしていなかった。
彼らはそれに興味を持ち、一人一人がその薬を試すことにした。
だが、彼らの目の前に現れたのは、ただの「悪」ではなかった。
薬が効果を発揮した瞬間、部屋中に広がる不快な匂い。
それは腐敗したような、生臭い匂いで、若者たちは息苦しさを感じた。
「これは、本当に薬なのか?」一人が不安を隠せずに問いかけた。
すると、中村の表情が変わった。
にやりと微笑んだ彼は、「これは私が長年研究してきた結果のひとつだ。恐れを感じた時こそ、真実が見えてくるのだよ」と不気味に応えた。
若者たちはその言葉に戸惑いながらも、薬の影響で理性が麻痺していることに気づかなかった。
その夜、彼らは悪夢を体験し始めた。
匂いは次第に強まり、影が彼らを取り巻くようになった。
目を閉じても、耳を塞いでも、逃げることはできなかった。
不気味な囁きが彼らの心に浸透し、次第に彼らの意識を蝕んでいく。
「お前たちは、悪を知る者だ」と、見えない者たちの声が響く。
恐れが増す中、突然、若者たちの一人が叫び声を上げた。
「そこにいるのは誰だ!」その瞬間、薄暗い部屋の一隅から、影がゆらりと現れた。
それは中村の姿に似ていたが、目は赤く光り、彼とはまるで別人のようだった。
「私はお前たちが求めた「悪」の具現化だ。
さあ、感じるがいい」とその影は言った。
若者たちは恐怖に震え、薬の効果が本物であることを実感した。
だが、逃げることはできなかった。
普段は存在しないその匂い、おぞましいその影が彼らの周りで舞い続けた。
そして、彼らは次第に一人一人の記憶と意識が朦朧としていくのを感じた。
自分たちが本当に望んだことが何なのか、わからなくなっていった。
その後、若者たちが家を出た翌日、中村は消息を絶った。
町の住人たちは、彼の家がもたらした異常な出来事を恐れ、あえて近づこうとはしなかった。
しかし、一度中村の家に寄り添った者たちの心には、常にその匂いと影が残り、日常を生きることを選ぶことすら忘れさせてしまった。
若者たちの中には、未だに「ざ」を求める者もいた。
その家の匂いを嗅ぎ、その影に触れたいと願う者たちは後を絶たなかった。
だが果たして、その求める「悪」が真の解放をもたらすのか、誰にも知る由もなかった。