「怨念の病棟」

ある夜、高校生の佐藤翔太は、自分の家からほど近い病院の中を探索することに決めた。
この病院は、数年前に閉院した後、廃墟として放置されていた。
翔太は友人たちに誘われて中に入ることにしたが、他の友人たちは恐れを抱いてしまい、結局は一人で向かうことになった。

病院の外観は、かつての威厳を感じさせるもので、壊れた窓やペンキが剥がれた壁などが、何か不気味な雰囲気を醸し出していた。
翔太は懐中電灯を手に、慎重に病院の中へと足を踏み入れた。
館内は静まり返り、まるで時間が止まったようだった。

まず、病院の廊下を歩きながら翔太は、所々に散らばる古い医療器具や、壊れた椅子、ひび割れた鏡に目を留めた。
暗い廊下の先には、古びた診察室が見えており、翔太はふと好奇心に駆られて近づいて行った。

診察室に入ると、異様な雰囲気に包まれ、まるで誰かがそこにいたかのようだった。
キャビネットや机の上には、古いカルテがそのまま置かれており、不気味に感じる。
翔太はその中に目をやると、急に背筋が凍るような思いに駆られた。
そこには「この病院での患者の怨念は、今もこの場所に残っている」というような文言が書かれた紙が見つかったからだ。

翔太は一瞬、恐怖に駆られて後退り、思わず声をあげた。
「誰かいるのか?」と。
返事はなかったが、冷たい風が彼の背後をかすめ、恐る恐る振り返ると、廊下の奥に誰かの顔がちらっと見えた。
驚きに思った翔太は、直感的にその場を離れることにした。

しかし、廊下を進むにつれ、いつの間にか出口が見えなくなっていた。
まるで病院の構造が変わってしまったかのように、迷路のような錯覚を覚えた。
次第に彼の心拍数は上がり、なぜか逃げなければならないという強い直感が働く。
「早く、ここを出なければ…」と心の中で呟きながら、翔太は逃げるように急いで廊下を走り回った。

その時、またも耳元で何かが囁く声がした。
「ここから逃げられない…」その声は女性のもので、ひどく悲しげであり、痛々しい響きを持っていた。
翔太は恐れおののき、絶望的な気持ちがこみ上げてきた。
「この病院の中に、何かがいる…私をここから逃がさないつもりだ…」

翔太は再度、出口を探して走り回った。
最後に入った部屋の窓から外を眺めると、闇の中に青白い何かがちらついているのに気づいた。
それは彼女の顔だった。
翔太は心が痺れるような恐怖を感じたが、その瞬間、彼女の目がこちらを見つめ、まるで助けを求めているように感じた。

彼女の姿を見て、翔太は心の中で考えた。
「もしかして、彼女もここから逃げたいのかもしれない…」翔太は一瞬の閃きから、その悲しげな目を信じ、「一緒に逃げよう!」と心の中で叫んだ。
翔太は再び廊下を駆け抜け、目指すべき出口を見つけることに必死だった。

しかし、病院の中では、彼の思いとは裏腹に、時間が経つにつれてどんどん意識が遠のいていくのを感じた。
翔太は出口を求めるも、まるで不可思議な力に引き留められているようで、意図せず立ち止まることが増えていった。

その瞬間、翔太は強い念を感じた。
「この場所に留まるのが、私の終わりだ…」頭の中に響く声が、まるで閉じ込められた怨念そのものであるかのように思えた。
翔太は必死に声をかけ、奔走したが、どれだけ進んでも出口は見えてこなかった。

病院の中での彼の日々は、幻のように感じられ、彼自身もその場所に取り込まれていく感覚に襲われた。
逃げることができず、時間が止まってしまったかのようだった。
翔太は最後の力を振り絞り、再度窓の外を見て彼女の姿を求めたが、彼女はもうどこにもいなかった。
ただ暗闇だけが、彼を包み込んでいくのだった。

その後、翔太が家に帰ったという話は、誰からも聞かれなかった。
ただ一つの噂だけが残り、病院は恐れられたまま、誰も近寄ろうとしなくなった。
彼がそこにいたという証拠は、ただ誰かが見たかもしれない悲しい目だけだった。

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