ある夜、東京の小さなアパートに住む佐藤明は、仕事のストレスによって心身共に疲れ切っていた。
彼は一人暮らしで、友人も少なく、帰宅後は大抵一人で過ごすしかなかった。
そんなある日、明は友人から借りたホラー小説を読んでいた。
その話には「念」という不思議な力が登場し、他者の思念が持つ影響について触れられていた。
著者はその力について「あなたの気持ちや思いが、誰かに影響を与えることがある。知らず知らずのうちに、あなたの念が周囲の人間を包み込み、時には恐ろしい結果を招くことがある」と警告していた。
明は、この不気味な話に少なからず興味を抱いた。
しかし、次第にその内容が彼の心を不安にさせることになった。
翌日、明は仕事から帰る途中、予想もしない出来事に遭遇した。
ささやかなカフェで、知らない男性が自分にじっと視線を向けていることに気が付いた。
男性は薄暗い corner のテーブルに座っており、いつもと違って何か特別なものが混じっているように思えた。
明は急に不快感を覚え、カフェを出ることにした。
帰宅後、彼の中に不安が広がる。
男性から放たれた視線が頭を離れず、念を感じるようになっていた。
翌日も、またそのカフェに行くと、その男性がいる。
明はその男性から逃げるように立ち去るが、心の中では恐怖が渦巻く。
彼が放つ思念が、明の心を不安定にしているようだった。
次第に、明は不眠に悩まされるようになり、仕事にも影響が出始めた。
彼の心には、何かが潜んでいる。
意識の隅にあるその「念」が、常に彼を見張り、迫ってきている気がした。
更に悪化する心の状態に明は耐えられなくなり、友人に相談することにした。
友人は「それはたぶん、何かを考えているんだと思うよ。ネガティブな念があなたに影響を及ぼしているのかも」と言った。
明は、すべてが自分の思念が招いたのではないかと悟った。
心の中で他者に対する恨みや嫉妬が、念として蓄積され、自分に返ってきているのではないか。
その思考が彼を追い込む。
次第に、その男性のことが気になって仕方なくなり、再びカフェに向かう決心をした。
意を決してカフェに足を踏み入れると、そこには男性がいつものように座っていた。
思わず近づいて話しかけようとした時、男性は目を合わせて微笑んだ。
その瞬間、明は彼の中に流れ込む「念」を感じ取った。
その男性の目には、異様な深さがあった。
まるで、彼の思いがダイレクトに明に伝わり、思念が絡み合っていく感覚だった。
「あなたの思いを感じる」と男性が囁く。
明は驚愕し、反射的に立ち去ろうとしたが、その瞬間、彼の身体は動かなくなった。
締め付けられるような恐怖に包まれ、叫びたくなる。
男性が近づいてきて、静かに言う。
「あなたの思いが、私を呼んでいる。気持ちを伝えれば、開放されるだろう」。
明は不安で震えた。
自分の思念が、何かを引き寄せてしまっている。
彼は恐れから逃げたくてたまらなかったが、身体は動かない。
明は必死に考える。
思いを伝えることができれば、何かが変わるかもしれない。
しかし、どんな言葉も出てこなかった。
結局、彼はそのままカフェを後にした。
そして、彼の心の中にこびりついた男性の思念が、ますます強くなっていくのを感じた。
彼はこの現象から逃れられない運命なのか。
夜が明けると、明は自分の中の「念」が大きくなっていることに気づく。
自宅の鏡の前でじっと自分を見つめると、そこには見知らぬ影が薄く映りこむ。
それはもはや彼自身ではなく、恐れに囚われた存在だった。
「いやだ、何とかしなければ……」と呟く明だったが、彼の心には深い絶望が広がっていた。
それ以来、彼はすでに彼自身を失ったような感覚に苛まれ続けた。
自らの思いが生んだ念に支配され、彼は孤独な戦いを続けている。
