「思い出の中の影」

彼女の名前は麻美。
麻美は大学に通う普通の女子学生で、友人たちと一緒に毎日の授業を受けていた。
しかし、彼女の心の中には、一つの謎めいた現象が生まれていた。
それは、彼女が集団にいるとき、なぜか人の顔や名前がすぐに思い出せなくなるというものであった。

この現象は、授業中や友達と話している時に起こることがほとんどで、特に人が多く集まっている場では顕著だった。
最初は単なる気のせいかと思っていたが、次第にそのことが気になり始め、不安を覚えるようになった。
麻美は自分の頭が働いていないのではないかと考え、何かに怯えるようになった。

ある日の放課後、麻美は友人たちとカフェで過ごしていた。
その日もやはり、友人の一人が名前を呼ぶと、彼女の頭の中でその名前が引っかかってしまった。
その瞬間、周りの音が消え、頭が真っ白になる感覚がした。
麻美は心の中で「どうして思い出せないの?」と叫んでいた。

友人たちの笑い声や話し声はどこか遠くに感じ、視界がぼやけていくようだった。
彼女は思わずその場から立ち上がり、トイレへと逃げ込んだ。
鏡の前に立った麻美は、自分自身の顔を見つめながら、ふと不安になった。
このままだと、自分が誰なのかもわからなくなってしまうのではないか。

そんな日々が続いていたが、ある夜、麻美は不思議な夢を見た。
夢の中で彼女は、何人かの知らない女たちに囲まれていた。
彼女たちは無言で彼女を見つめており、その中には不気味な笑みを浮かべた者もいた。
麻美は急に恐怖を感じ、逃げ出そうとしたが、動こうとするたびに全身が重くなり、まるで誰かに引き留められているようであった。

その夢は何度も繰り返された。
同じ女たちが現れ、麻美は同じような恐怖を抱え続けた。
彼女は何のために彼女たちが自分を見ているのか、何を求めているのか全く理解できなかった。
だが、夢を通じて感じる威圧感は、次第に麻美の現実世界にも影響を及ぼすようになった。

現実でも、友人たちと集まっているときに、その女たちの姿をちらつかせるようになり、彼女はいつも不安な気持ちを抱えることとなった。
日常生活も次第に影響を受け、授業中に顔がちらついても麻美は思い出せず、友人たちとの会話にも支障をきたすようになった。

ついには、麻美はこの現象が自分の中の何かに関わっているのではないかと考え始めた。
そして、不安を抱えつつも、彼女は夢の中での女たちに会いに行く決心をした。
ある晩、全てを理解するために、彼女は意図的に眠りについた。

目を覚ましたとき、彼女は再びその女たちに囲まれているのを感じた。
今度は言葉を発することができた。
「あなたたちは何がしたいの?」すると、一人の女が前に出て言った。
「私たちはあなたの一部よ。忘れ去られた過去の記憶。」

そう言って、女たちは一斉に麻美に触れ、彼女の中に埋もれていた思い出を引き出そうとした。
麻美は恐怖を感じながらも、自分の過去に向き合う勇気を振り絞り、「私は私を受け入れる」と心の中で強く叫んだ。

その瞬間、周囲の景色が変わり、女たちは次第に消えていった。
麻美は目を覚ますと、驚くほど明晰になった自分自身を感じた。
彼女はもう人の名前を忘れることがなかった。
彼女は自分の過去と向き合ったことで、記憶が蘇ってきたのだった。

それ以来、麻美は新たな自分を見つけ、日常生活に戻った。
かつての彼女は消え、今は確かな自分を持つことができた。
恐怖の影が薄れた彼女は、もう一度、友人たちとの時間を楽しむことができるようになった。
彼女の集団への恐れは、とうに終わったのだ。

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