帯に住む村には、古い言い伝えがあった。
それは、「ま」から始まるある不思議な現象に関するものだった。
「ま」の正体は、魂が心に宿り続けること。
村人たちは、亡くなった者の心は、天に昇ることなく、この世に留まると信じていた。
この村で生まれ育った田村幸恵は、そんな言い伝えを信じることなく生活していたが、ある日、彼女の運命は大きく変わる。
幸恵は高校卒業後、故郷を離れたが、彼女の心の中には、いつも何かが引っかかっていた。
それは、若くして亡くなった祖母との思い出だった。
心に未練があると、人は故郷に戻るという村の伝説が、気味悪くも真実のように思えた。
数年後、幸恵は仕事の転勤で帯に戻ることとなり、再び祖母の思い出と向き合うことになった。
村に戻ると、幸恵は祖母の家を訪れたが、そこにはもう誰もいない。
かつてのにぎわいは消え、静けさが広がっていた。
彼女は家の中を探索し、祖母の遺品を見つける。
その中に一冊の古い日記があった。
日記をめくるうち、祖母が心配していたことや、彼女の人生の一部が綴られているのを見つけた。
特に、村で起こった「ま」の現象についての記述が目を引いた。
日記には、特定の場所に行くと「ま」が現れるとあった。
そして、その「ま」は、心の中にこびりついている未練や後悔を見せるとともに、継承される魂の一部を顕現させると。
興味が湧いた幸恵は、日記に書かれた場所を訪れることに決めた。
その場所は、村の外れにある古い神社だった。
夜になり、月明かりが照らす中、幸恵は神社の境内に立った。
静寂が漂う中、彼女は心の中の痛みがどんどん膨れ上がっていくのを感じた。
その瞬間、視界が歪み、周囲がぼやけた。
心の奥から祖母の声が聞こえてきたような気がした。
「幸恵、あなたは私を忘れたの?」
驚愕しながらも、幸恵は勇気を振り絞り、叫んだ。
「私は、忘れていないよ!だけど、私の心は苦しい。どうしても過去から離れられない!」
その瞬間、周囲が暗くなり、厚い霧が立ち込めてきた。
幸恵は、祖母の姿を見つけた。
肌には影がさし、無邪気だった頃の姿をかけらも残していなかった。
「私の心の中には、あなたがいるのに……」幸恵は涙を流した。
「もう一度、あなたと話がしたい。」
祖母は悲しげに微笑んだ。
「でも、心の中であなたが私を思い出す限り、私はこの世に存在し続けるの。私が消えてしまうことを恐れてはいけないのよ。私の魂は、あなたの心の一部となるから。」
幸恵は、祖母の言葉を受け止めた。
未練や後悔は、心の中で消えることはなくても、その感情を抱えて生きる勇気が必要だと気づいた。
「もう大丈夫、私は進むよ。ただ、あなたのことをいつも思い続けるから。」
神社の霧が晴れ、明るい月明かりが差し込んできた。
幸恵は、心に心地よい安堵感を抱き、祖母の笑顔を最後にもう一度思い浮かべた。
その瞬間、彼女の心に宿る祖母の魂が、穏やかに微笑んでいるのを感じた。
村に戻った幸恵は、心の中に祖母との思い出を大切にしながら、新たな人生を歩み始めた。
そして、村の人々が語り継ぐ言い伝えは、彼女にとっての道しるべとなり、未練を乗り越える力へと変わっていった。
魂は、決して消えることなく、心に宿り続けるのだと。