離れた場所にある小さな村「離」の外れには、一本の古い木が立っていた。
その木は、村人たちの間で「念の木」と呼ばれ、強い念を持つ者がその木に触れると、その念が具現化すると言われていた。
村人たちは決してその木に近づいてはならないと暗黙の了解があったが、若い少年、健一はその言い伝えに興味をそそられていた。
健一はある晩、友達の達也と一緒に念の木を見に行くことにした。
二人は村の外れにあるその木の存在を確かめようと、さらなる好奇心を抱いていた。
街灯の光が届かない薄暗い道を進むと、やがて彼らは木が立つ場所にたどり着いた。
月明かりの下、木は異様な影を落とし、周囲の空気が張り詰めているように感じた。
「これが念の木か…」達也がつぶやく。
二人はしばし無言で木を見つめていた。
木の幹は異様に太く、束ねられた枝が絡まり合って天空に向かって伸びている。
その様子はまるで生きているかのようで、見る者に畏怖をもたらしていた。
「触ってみようよ」と健一が提案する。
「もしかしたら、本当に念が具現化するかもしれないじゃないか。」達也は少し躊躇い、「でも、村人が近づくなって言ってたじゃないか」と反論したが、健一の期待に心が揺れ動いていた。
意を決して、健一は木の幹に手を触れた。
その瞬間、何もない空間に微かな響きが生まれ、健一の心の中に漠然とした想いが浮かび上がった。
「守りたい」と強く思った次の瞬間、周囲が揺らぎ、視界が歪み始めた。
達也は驚きの声を上げたが、健一は何かが起こるのを感じていた。
「これが…念の力？」健一は不安と興奮を覚えた。
だが、その感覚は瞬時に恐怖に変わった。
木の影が二人を包み込むように広がり、目の前に現れたのは、かつてこの村に住んでいた者たちの霊だった。
彼らは悲しげな表情で、何かを訴えかけているようだった。
その姿を見た達也は恐れを感じ、「帰ろう、戻ろう！」と叫んだ。
しかし健一はその場を動かなかった。
「私たちが念を持っている限り、彼らに何か伝えられるかもしれない」と思ったのだ。
「どうか、私たちを助けてください」と健一は心の中で念じた。
すると、古い木から悲しげな声が漏れ、「助けてほしい…」と響いてきた。
森の暗闇が一層濃くなり、二人はただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
「私たちの念に応えて、彼らを解放いたい」と健一は強い決意を抱く。
その思いが木に伝わると、突如、周囲の霊たちが騒ぎ立ち、「お前たちの念が強ければ強いほど、私たちの想いが苦しくなる。」と訴えてきた。
健一は恐れと痛みを感じながらも、心の中で「私はあなたたちを守ります、絶対に解放します」と叫び続けた。
達也も意を決し、共に念を込めた。
「私たちの力を使って、あなたたちを解放します。」
二人の念が一つになった瞬間、木が激しく揺れ、周囲の空気が切り裂かれるような音が響いた。
そして、木の幹からは黒い影が次々と解き放たれ、夜空へと消えていった。
静まり返った森の中で、健一は力尽きて膝をついた。
達也は彼の肩に寄り添い、「僕たち、できたね…」と呟いた。
彼らが解放した霊たちの顔には、安らぎが浮かんでいた。
その後、彼らは村に戻ったが、心の奥に深い謎と共に記憶を刻んだ。
「念の木」との出会いは彼らの心に静かな教訓を与えることになった。
時が経つにつれ、彼らはその出来事を忘れたが、確かに彼らの心の中には、数えきれない思いが息づいているかのように感じていた。
時折、夜の静寂の中で、彼らは自分の念を思い起こし、静かに守り続けるのだった。
