計は、少し寂れた住宅街にある小さな町だった。
そこには、長い間空き家となっている一軒の古い家があった。
その家は地元の人々によって「忘却家」と呼ばれ、誰も近づこうとしなかった。
住宅街の中心には、隣町との道が通っており、その道を経て訪れる人々は多かったが、忘却家だけはいつの間にか廃れた存在となっていた。
ある日、東京から引っ越してきた高校生の佐藤幸子は、友人たちと一緒にその家を探索することになった。
彼女は好奇心旺盛で、何も恐れずに行動する性格だった。
「どうせただの古い家でしょ」と笑いながら幸子は言った。
友人たちの中には、怖い話を気にする者もいたが、彼女の勢いに押し切られる形で四人は忘却家の前に立った。
家は老朽化が進み、玄関の扉は歪み、かろうじて開いている。
勇気を出して、中へと足を踏み入れる幸子とその友人たち。
暗闇の中、彼女たちの足音だけが静寂を破る。
家の中は埃まみれで、長い間人の手が入っていないことを物語っていた。
壁には不気味な絵が描かれていて、まるで何かを訴えかけているようだった。
「これは何だろう?」と幸子は近づいて、その絵に見入った。
すると、背後で友人の一人が不意に叫んだ。
「何か動いた!」
振り返ると、そこには誰もいなかった。
ただ空気がひんやりと感じられ、どこからか微かなささやきが聞こえてくる。
友人たちの表情は恐れに変わり、「出よう」と次々と促し始めた。
しかし、幸子はその声に惹かれていた。
「ちょっと待って、もっと見てみたい」と言うと、友人たちは不安そうに目を合わせた。
数分後、幸子はそのまま一人で奥へ進んでいた。
部屋の隅には、不気味な鏡が置かれていた。
彼女は思わずそれに近づき、鏡の中を覗き込んだ。
すると、鏡の向こう側には、自分とは別の少女が映っていた。
黒い髪と真っ白な顔、彼女もまた鏡を見つめている。
ドキリとし、思わず後ずさる幸子。
しかし、少女は微笑みながら手を振って見せた。
幸子はその瞬間、自分の過去の記憶が甦ってきた。
彼女が小さい頃、友人たちと遊んでいた日々、影を失いそうになっていた自分自身。
彼女の心の奥底にある恐れや悲しみが、その少女に重なっていく。
「早く来て、ここから出て行かないと」と声が聞こえるが、それは誰の声かはわからない。
友人たちの声だろうか。
だが、幸子は不思議な感覚に囚われていた。
少女は彼女を呼んでいる。
「助けてほしいの。誰かが私を忘れたから、私はここにいるの」と少女は悲しげな表情で幸子に訴えかけた。
「あなたのこと、忘れないよ」と幸子は反射的に応えた。
しかし、少女の目には暗い影が宿っていた。
「でも、思い出されないと私は消えてしまう。あなたが私を思い出してくれれば、私は自由になれるの」
その言葉を聞いた瞬間、幸子の脳裏には少女の名前が瞬時に浮かんできた。
「美咲……」彼女はその名前を叫び、思い出すことができた。
思い出せば思い出すほど、心の重荷が軽くなっていく。
「美咲、私は忘れない。あなたが私を呼んでくれる限り、あなたのことを思い出しているから」と幸子は鏡の前で叫んだ。
静寂の中、一筋の光が部屋を照らし、少女の姿が次第に薄れていった。
ふと気づくと、友人たちが心配そうな顔で待っていた。
「幸子、早く!」と叫ぶ彼女たちの声が耳に入る。
幸子は急いで駆け寄り、みんなと共に家を飛び出す。
その後、忘却家は再び記憶の中に閉じ込められた。
しかし、幸子は美咲の存在を忘れず、いつの日か彼女のことを語り続けることを心に誓った。
そして、あの日の出来事が彼女の心の奥深くに刻まれ続けるのだった。