「忘却の青白い石」

深い森の奥、静寂に包まれた場所に、青白い石がぽつんと佇んでいた。
村人たちはこの石を「けの石」と呼び、そこにまつわる怪談を語り継いでいた。
言い伝えによれば、石を叩くと、何かしらの応答があるのだという。
しかし、その応答は一体何なのか、誰も知る者はいなかった。

ある日、興味本位で若者たちが集まった。
彼らの中には、好奇心旺盛な「まり」と「い」もいた。
「けの石」を叩いてみようということになり、彼らはその場に足を運んだ。
石に向かって立つまりの手には、大きな石が握られていた。

「い」が言った。
「これが本当に叩いたら、何か起こるのか試してみよう」まりは少し躊躇したが、みんなが見ていると思うと、気が引けた。
深呼吸をして、石を一度、二度と叩いた。

最初の一打は静かな森に音を響かせたが、何も起こらなかった。
しかし、次に叩いた瞬間、低い響きが返ってきたように感じた。
「何か聞こえた?」いが言った。

まりは不安になりながらも、再び叩いた。
この時、石から高い音が返ってきた。
それはまるで誰かが彼女の名前を囁いているかのようだった。
周囲は一瞬静まり返り、彼女の心臓が高鳴った。
恐怖に駆られた彼女は、すぐにその場を離れようとした。

しかし、「けの石」の前に立つまりの目の前に、青白い光が立ち上った。
その光は徐々に形を成し、人のような影が現れた。
「私は「け」と呼ばれる者、あなたの叩いた音に反応した」光の中から、者が囁いてきた。

まりは驚き、後ずさりした。
光の中の「け」は、彼女の不安を見透かすかのように言葉を続けた。
「あなたは私の声を聞いた。あなたが私に何を望むのか、教えてほしい」まりは、その言葉に困惑した。

一緒にいたいが「なぜそんなことを…」と呟いた。
すると「け」は微笑んだ。
「なぜなら、あなたたちの願いには力が宿るからだ。どんな願いも、私の力を借れば叶えられる。しかし、注意してほしい。代償が必要となる。それを考えた上で、望むのであれば私に言いなさい」

まりは恐怖心と好奇心が交錯し、悩んだ。
彼女が求めたことは、失われた友情や愛の回復だった。
「私は…友達を戻したい」と口にした。

「け」はその言葉に頷いた。
「分かった。しかし、代償として、あなたの中の一番大切な思い出を私に譲りなさい」まりは心が揺れた。
彼女には忘れたくない思い出もあったが、仲間を失う恐れがそれを上回っていた。
「いいわ、私はその代償を受け入れます」

すると、光の中から手が伸びてきて、まりの頭を覆った。
瞬間、心の奥にある思い出が消えていく感覚を覚えた。
今までの友情の温もりも、楽しかった瞬間も、まるで霧が晴れ去るように消えていった。
恐怖を感じながらも、間もなく頭の中は真っ白になっていった。

その瞬間、摩擦音とともに、森に響く叩く音が聞こえた。
まりは激しい不安に襲われた。
「これで本当に全てが元に戻るの?」と思いながらも、周囲の仲間たちを見渡した。
「い」と一緒にそこにいたそれぞれの表情は何か変わってしまったようだった。
彼らもまた、代償を払い、それぞれの思い出を失っていたのだ。

「け」の言葉が響く。
「あなたたちの願いは叶った。今、あなたたちの友情は本物になったのだ。しかし、それと同時に失ったものもまた、本物のあなたたちである」

その日の夜、森は静まり返り、青白い石は再び静かに佇むだけになった。
若者たちはその後も繋がり続けたが、彼らの心の中には、かけがえのない思い出がいつしか失われていったことを、誰も気づくことはなかった。

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