美はある晩、仕事帰りに偶然見かけた古びた道に足を踏み入れた。
その道は街灯がほとんどなく、薄暗い雰囲気が漂っていた。
彼女の心のどこかに、何かを求める気持ちがあったのかもしれない。
何か特別な体験をしたいという希望が、美をその道に引き寄せたのだ。
道を進むにつれ、異様な静けさが広がっていた。
周囲には何もない。
ただ、彼女の足音だけが耳に残る。
その時、不意に誰かの声が聞こえた。
「いらっしゃい。ここから行くと、特別な場所があるよ。」
驚いて振り返ると、見知らぬ老女が笑顔で立っていた。
彼女の目はまるで何かを知っているかのようだったが、美はその笑顔に何か不気味なものを感じた。
しかし、好奇心が勝り、美はその老女について行くことに決めた。
老女は不気味な低い声で、一つの道へと誘った。
その道は道標もなく、どこへ続いているのか全く見当がつかなかった。
美はその道を進むにつれ、何かがおかしいと感じ始めた。
周囲の風景は次第に変わり、ざわめきが耳に入ってくる。
「行け、行け、行け…」という囁きが、彼女の背中を押しているようだった。
迷いながらも美が歩を進めると、目の前に奇妙な場所が現れた。
それはまるで異次元のようで、光が差し込むこともなく、ただ静寂と影のみが広がっていた。
ここで何かが起こることを意味しているように感じた。
その瞬間、彼女の手元に一冊の古びたノートが現れた。
その表紙には「記憶」と書かれていた。
このノートを開いてしまったら、今までの人生が全て流れ込んでくるのではないかと、美は恐れを抱きながらも、どうしても目を離せなかった。
指先でページをめくると、そこには彼女の人生の一場面一場面がイラストのように描かれていた。
「希」望の道を歩いてきた彼女だが、そのページには彼女が忘れていた辛い記憶も描かれていた。
過去の友との別れや、愛する人とのすれ違い、受け入れたくても受け入れることのできない出来事。
それは、美にとって耐え難いものであり、彼女の心を締め付けた。
「それが、あなたの選択なのよ」と老女の声が、どこからともなく響いた。
美は恐怖に駆られ、ノートを手放そうとしたが、そこから目が離せない。
なぜかその場から逃げ出すことができなかった。
彼女は何も理解できないまま、光る目のように彼女を見つめる影に囲まれているように感じた。
そのとき、悲鳴のような声が響く。
「行かないで!私もここにいるから!」それは、美の心の底から響いてきたようだった。
過去の記憶が、彼女をここに引き寄せていたのだ。
彼女は自分が選んだ道を後悔していた。
その瞬間、全ての出来事が彼女の心を侵食し始めた。
美は自分の過去と向き合うことができず、ただその場に立ち尽くしていた。
記憶の中で、今までの自分がどれほど希薄なものだったかを思い知っていた。
老女はにやりと笑い、彼女の前から静かに消えていった。
気がつくと、美はその道の入り口に立っていた。
周囲は再び静寂を取り戻していたが、心の中には過去の恐怖と、解決されない想いが渦巻いていた。
彼女はその後、再びあの道を歩くことはなかったが、ノートの内容は一生忘れることができない記憶として、彼女の中に生き続けていた。