迷いの森に隣接する小さな集落には、村人たちの間で語り継がれる恐ろしい話があった。
そこでは、長い間行方不明者が絶えなかった。
そして、特にその煙に触れた者たちは、決して帰らぬ人となってしまうという。
ある日、新しい医師である塔田健一は、都会からその村にやってきた。
彼は若く、まだ夢を抱いていた。
疲れた村人たちのために医療を提供し、助けることができれば、それは自分にとっての「約束」だと思っていた。
しかし、彼が村に辿り着いたとき、目にしたのは誰もが避ける「迷いの森」の恐怖だった。
村人たちは夜になると森に近づかないよう警告したが、健一は医者としての職務が彼に守らなければならない人々のためにあると信じていた。
だから彼は、村を救うために、その森の奥へと足を踏み入れてしまったのだ。
森の奥深くに進むにつれ、周囲は次第に薄暗くなり、不気味な静けさに包まれていった。
時折、風が木々の間を擦り抜け、まるで誰かが耳元で囁いているような音がした。
「迷ってはならない」と自分に言い聞かせ、懐中電灯の光を頼りに進んでいった。
しばらく進むと、健一は奇妙な看板を見つけた。
それは「約束の道」と書かれた奇妙なもので、彼はその言葉に惹かれた。
何か特別なものがあるのではないかと思い込み、彼は看板を過ぎてさらに進んだ。
その時、何かが彼の背を押すように感じた。
振り返ると、看板は光を失い、ただの木の板と化していた。
彼は少し動揺したが、押し出されるように進んでいった。
すると、目の前に人影が現れた。
老年の男性で、驚くほど穏やかな表情をしていた。
「ようこそ、迷いの森へ。君は『約束』を求めているのか?」とその男性は尋ねた。
健一は思わず頷いた。
「村の人々を助けるために、医者としてここに来た。彼らを救うために何が必要か知りたい。」
「おや、そうか。それなら、君が持つ医療の知識が必要だ。しかし、その代償として、君の記憶の一部をこの森に捧げることになる。約束を守る覚悟があるか?」と男性は言った。
健一は一瞬戸惑ったものの、その言葉の重みを感じながらも、彼は「はい、約束します」と答えた。
その瞬間、周囲の風が強まった。
森の木々がざわめき、視界がぐらりと揺れた。
健一は目を閉じ、何かを受け入れる感覚を覚えた。
彼が目を開けると、男性の姿は消え、代わりに森がまるで彼を歓迎するかのように無限に続いていた。
そして、彼はその場に立ち尽くしたまま、何も思い出せない自分を発見した。
次の日、村に戻った健一は、どうしても忘れられないものがあった。
それは、「村人たちを助ける」ことへの思いだったが、彼の思い出の中には、今までの医療に関する記憶がどこか欠けていた。
そして村人たちも、何か変わってしまった彼に対して奇妙な目を向けていた。
日が経つにつれ、村人たちの症状は悪化していった。
しかし、彼はどこか足りない感覚を抱えていた。
医師としての自信を失い、村人を救うことができない自分にどんどん焦燥感が募った。
「何か忘れてる」と、常に思いを巡らせていたが、分からなかった。
ある晩、健一は再び迷いの森へ向かう決心をした。
彼は過去を取り戻し、村人たちを救うために、心のどこかで失った「約束」を見つけたいと思った。
しかし、その森に入るたびに、彼は徐々に記憶が曖昧になっていくのを感じた。
彼自身が、森の一部になりつつあるのだ。
いつしか、彼は森の奥深くに吸い込まれ、見知らぬ者たちと交わるようになった。
彼の姿を見た村人は、彼を探し、呼びかけたが、既に彼はどこにも存在しない。
「約束」にとらわれた健一の姿は、ただ迷いの森にだけ残り、彼がかつての自分を忘れてしまうのを静かに見守るしかなかった。