「忘却の神社」

古びた村に、人々が昔から語り継いできた神社があった。
その神社は、村の外れにひっそりと佇んでおり、誰も近づこうとはしなかった。
村人たちは、その神社には“忘却の神”が住んでいると信じ、近づく者には恐ろしい運命が待っていると警告していた。
しかし、好奇心旺盛な若者、悠斗は、その噂を聞くたびに胸が高鳴るのを感じていた。

悠斗はある晩、友人の和央と共にその神社を訪れることを決意した。
月明かりが照らす中、二人は古びた鳥居をくぐり、神社の境内へ足を踏み入れた。
周囲は静寂に包まれ、まるで時間が止まったかのようだった。
悠斗は心地よい緊張感を味わいながら、和央の手を引いて奥へ進んでいった。

「本当にここに神様がいるのかな?」和央が尋ねる。

「多分、ただの伝説だよ。でも、一度は見てみる価値があるかもしれない」と悠斗は答えた。

神社の本殿へ近づくにつれて、異様な空気が漂い始めた。
背後から冷たい風が吹き、二人は思わず身震いした。
しかし、悠斗の好奇心が勝り、彼は本殿の扉を押し開けた。
中に入ると、薄暗い空間が広がり、古びた祭壇が祭られていた。
その場の静けさは異様で、まるで何かが彼らを見守っているかのようだった。

「なんか、変だな…帰ろうか?」和央が言った。

「まだ大丈夫だよ、ちょっとだけ見てみよう」と悠斗が言い、彼は祭壇に近づいた。
すると、彼の目に映ったのは、祭壇の上に置かれた一対の小さな人形だった。
それは、どこか憂いを帯びた表情をしており、悠斗は思わず手を伸ばした。

その瞬間、周囲の空気が変わった。
まるで何かが起こる予感がした。
悠斗が人形に触れたとたん、耳鳴りが響き渡り、目の前の世界が歪み始めた。
彼は一瞬、目を閉じた。
すると、目の前に少女が現れた。

彼女の名前は、紗季。
古い時代の装いで、長い黒髪をさらりと流し、彼女の目は深い悲しみを秘めているようだった。
「あなた、どうしてここに来たの?」紗季は静かに尋ねた。

悠斗は言葉を失った。
彼女の表情があまりにも切なく、目を逸らすことができなかった。

「あなたたちは、忘れられた存在を見つけるために来たの?」紗季は問いかける。
「私の元に来る者は、全ての記憶を失うのだから…」

悠斗は恐怖に包まれ、後ずさりした。
しかし、背後にはもう誰もいなかった。
和央の姿は消え、彼は一人で異なる時空の中に迷い込んでしまったのだ。
周囲は静まり返り、彼は紗季の存在と向き合う羽目になった。

「忘却の神に触れた時、あなたの運命も変わる」と彼女の声が響いた。
悠斗は彼女の手が自分の腕に触れるのを感じ、まるで温かい風が吹き抜けるようだった。
しかし、その感触は徐々に冷たくなり、彼の意識がぼやけていく。

彼は必死で思い出そうとした。
家族の顔、友人のこと、そして自分の名前。
しかし、記憶は水のように流れ去り、彼の心の中には一片の虚無感が広がっていた。
紗季の手が離れると、悠斗はその場に立ち尽くした。

「逃げてはいけない。私と一緒にいる限り、あなたも私のように忘れられてしまう」彼女の言葉が、心の奥に渦巻いていた。

悠斗は何とか足を動かそうとするが、体が重く感じた。
彼の目の前には紗季の姿が鮮明に映り込んでいる一方で、周囲の世界は次第に霧の中へと消えていった。

やがて薄明かりの中、悠斗は神社の外に立っていた。
しかし、彼の心の中には無数の空白が広がっていた。
友人の和央を呼んでも、返事はなかった。
彼はただ、忘却の神社から逃げ出しただけで、内に秘めた記憶を失ってしまったのだ。

それから日々が経ち、悠斗の日常は変わっていった。
学校や仕事、友人たちとの楽しい思い出も、少しずつ彼の中から消えていった。
そしてついには、彼自身もまた誰からも忘れられた存在になってしまい、古びた神社の影の中で、紗季と一緒に静かに時を待つことになるのだった。

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