ある静かな村の外れに、とある小さな神社があった。
神社は長い間、誰も訪れなくなり、木々に飲み込まれたかのように静まり返っていた。
その神社には一つの伝説があった。
かつてこの村に住んでいた少女が、村人たちから疎まれ、最後には神社の境内に身を寄せることになったというものだ。
少女の名は「あかり」といい、彼女の姿を見た者は、いつしかその少女の痕跡を忘れ、自らの記憶が消えていく運命にあると言われていた。
ある日のこと、少年の「たくや」は、友人たちと共にその神社を訪れることにした。
興味本位で話に聞いたその神社に、夜の帳が下りる前に行こうと決めたのだ。
友人たちと笑いながら向かう中、たくやの心には一種の期待感があった。
彼は勇敢で、好奇心が旺盛な性格だったからだ。
神社に到着すると、空気がひんやりと感じられ、周囲の木々が暗い影を落としていた。
神社の境内には、つい先ほどまで晴れ渡っていた空とは打って変わって、小雨が降り出していた。
たくやは、友人たちとともに神社の奥へ進んでいった。
「ここにあかりの伝説があるんだよ!」友人の一人が言った。
その瞬間、たくやの心の中に強い好奇心が潮流のように押し寄せ、彼は一人で神社の本殿に向かうことにした。
周りが見えないほどの暗闇の中、たくやは胸の高鳴りを抑えられなかった。
彼が本殿にたどり着くと、静かな空気が彼を包み込む。
古びた木造の神殿の扉をそっと開け、中に足を踏み入れた。
その瞬間、異様な静けさが辺りを支配し、たくやは不安を感じ始めた。
すると、微かに冷たい風が背後から吹き抜け、彼の髪を揺らした。
「あれ、誰かいるの?」たくやが振り返ると、そこに一人の少女の姿が立っていた。
彼女は、長い黒髪を風に揺らし、白い着物を着ていた。
その目は、小さな星のように輝いており、たくやは一瞬その美しさに目を奪われた。
しかし、どこか憂いを帯びた表情に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「私の名前はあかり。どうしてここに来たの?」彼女は静かに尋ねた。
たくやは、言葉を失った。
彼の心の中では、あかりを見つめることへの抵抗と、彼女と話をしたいという欲求が渦巻いていた。
その時、ふと彼は思い出した。
あかりの伝説。
彼女と出会えば、全てを忘れてしまう運命があるのだと。
「私は…」言葉がまとまらない。
「どうしたの?怖がっているの?」あかりが微笑むように問いかけた。
その時、たくやの意識が次第にぼやけ始め、彼女の微笑む顔が遠くなっていく。
心の奥にあった記憶が、まるで水に流されるように消え始めた。
彼は一瞬、彼女の声を聞いた。
「あなたも私のように、ここに封じられるの?」
たくやは、必死にその場から逃げ出そうとしたが、足が動かない。
彼の心の中で何かが切れていく感覚。
次第に彼の友人たちの声も遠くなり、神社の周囲で微かに響く音も消えていく。
彼はただ、あかりの存在に圧倒されていた。
「逃げてはいけない。思い出して。ここに来た理由を…」あかりは静かに言った。
たくやは、自らの誕生日や家族のこと、そのすべてを思い出そうとしたが、どんどん記憶が掻き消えていく。
全ての感情が消え、暗闇の中で彼は引き裂かれたように感じた。
その後、たくやは神社から出ることができたが、何も覚えていなかった。
彼は友人たちと共に村に戻ったものの、彼の心には不思議な虚無感が広がっていた。
そして、彼の日常は徐々に変わっていく。
彼はあかりのことを忘れていったが、その背中にはいつまでも、薄暗い神社の影が残り続けた。
人々からも名前が消え、彼自身もまた「忘れられた存在」となってしまう運命が待っていたのだった。