「忘却の病棟」

彼の名前は田中翔。
普通の大学生で、友人と共に心霊スポット巡りを楽しむ無邪気な性格だった。
しかし、ある晩、彼はその好奇心から禁忌の地へと足を踏み入れることとなる。

その場所は、廃墟と化した古い病院。
数十年前、ここでは非人道的な実験が繰り返されていたと言われていた。
多くの患者が犠牲になり、その後、病院は閉鎖されることとなった。
しかし、いくつかの噂が生まれ、再訪する者もいるという。
幻のような存在、それは血で染まった四壁、そして不気味な声であった。

翔は友人と共に心にわずかな期待を抱きながら、霧のかかる夜に病院へ向かった。
入口をくぐり、薄暗い廊下を進むと、空気はひんやりとしていた。
不気味な静寂が広がり、時折、何かが動く音が響いた。
友人たちは興奮の声を上げながら、カメラのフラッシュを焚くが、翔だけはどこか不安を感じていた。

「ここ、ちょっとおかしいかも……。」翔が呟くと、友人たちは笑った。
「何言ってるんだよ、面白いじゃん!」

深い影が廊下を駆け抜けると、彼の目に血の跡が映った。
見ると、そこには不自然に乾いた血痕が続いていた。
「これ、なんだ?」翔は声を震わせた。
友人たちは興味をそそられ、血の跡を追いかけることにした。
しかし、翔はその後ろをついて行くことができなかった。

突然、暗闇から人影が現れた。
それはかつてここで命を奪われた患者の姿だった。
全身が真っ赤に染まり、こちらをじっと見つめていた。
その目は無情で、深い怨念が宿っているように感じられた。
翔は恐怖に駆られ縮こまった。

「私の血を……」その声が翔の耳に響いた。
まるで自らの命を引き換えにしてでも、何かを伝えたがっているかのようだった。
翔の目の前で、患者の姿はどんどん薄れていくが、その瞳の奥には確固たる願いが宿っていた。

翔はその瞬間、自分の手から血が流れ落ちてくるのを感じた。
それは不思議な感覚であったが、自分が犠牲となることで何かを感じ取りたかったのだろう。
彼は自らの血を流すことで、その怨念の記憶を体験しようとした。

周囲の友人たちは翔の異変に気づき、驚いて駆け寄ってきた。
「翔、大丈夫か!」その声が遠く聞こえる中、翔は過去の記憶が彼の心に押し寄せてくるのを受け入れた。
目の前に現れた幻影は、まるで自分を求めているようで、その願いを強く感じ取ることができた。

「私はここにいる、皆に忘れられたくない!」その思念が翔の中で渦巻く。
彼はただの一人の大学生であった。
しかし、彼の意識はその患者に共鳴し、彼の過去を共有することとなった。
さまざまな痛み、悲しみ、そして望み。
翔は全ての感情を感じ取るが、与えられるのは恐怖の感覚だけだった。

時が経つにつれ、翔の意識は次第に薄れていく。
その瞬間、彼は目を閉じた。
彼はサイレンのように響く叫びを聞きながら、周囲の視界が暗転していった。
自己を犠牲にし、過去の怨念となった翔はずっと、二度と訪れることのないこの病院に縛られたままだった。

やがて夜が明け、廃墟の中は静粛な朝を迎えていた。
しかし、翔の友人たちが戻ることはなく、彼の存在もこの世界から消えてしまった。
「あの時、私たちは何を願っていたのだろうか」。
翔はその病院の深い影の中で、永遠に問い続けることになる。

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