夏休みのある日のこと、大輔は友人たちと一緒に海辺の民宿へ行くことになった。
賑やかな日々から離れ、彼は日常の喧騒を忘れるチャンスだと思っていた。
友人の翔太、智子、そして美咲とともに、海の美しさに心を奪われる中、彼らはある話を耳にした。
その民宿の近くには、誰も近づかない「忘れられた洞窟」があるという。
数年前、その洞窟に行った若者たちが行方不明になってしまい、それ以降村人たちはその場所を恐れ、近寄らないようにしていたという。
興味をそそられた大輔は「洞窟に行ってみようよ」と提案した。
友人たちは始めは戸惑っていたが、徐々にその興奮に巻き込まれていった。
夜の海に月の光が反射し、不気味に浮かび上がる洞窟の入口を前に、一行は心のどこかに不安を抱えながらも、好奇心が勝ってしまった。
「本当に行くの?」美咲が心配そうに言ったが、大輔は「絶対に面白いことになるって!ただの噂さ」と笑って答えた。
そうして一行は懐中電灯を手に、洞窟の中へと踏み込む。
中はひんやりとした空気に包まれ、海の波の音が遠くに聞こえる。
進むうちに洞窟の壁には謎の文字が刻まれていることに気が付いた。
それは古代の呪文のように見えたが、具体的な意味は分からなかった。
不気味な雰囲気と同時に、心の奥底にある不安が大輔の心を締め付けていく。
「もう帰ろうよ、こんなの怖すぎる」と智子が言い出した。
しかし大輔は「まだ何も見ていないだろう。もっと奥に進もう」と答えた。
友人たちの不安をよそに、大輔はなかなか進むのをやめなかった。
その時、洞窟の奥から冷たい風が吹き抜け、耳元にまるで誰かの囁きが聞こえた。
「お前たちの人生を忘れてしまえ…」
大輔はその言葉に驚き、立ち止まった。
「今のは何だよ…?」と問いかけるも、誰も返事をしなかった。
その瞬間、彼の頭の中に何かがぐるぐると回り始めた。
まるで目の前にかつての記憶が蘇るようだった。
それは彼が過去に経験した出来事、幼い頃の自分、忘れていた友人たちとの楽しい思い出だった。
しかし、それらの記憶は次第に暗闇に引きずり込まれていく。
そして、彼は再び洞窟の奥に進もうとする自分を感じた。
「大輔、頼むから戻ってきて!」美咲の声が耳に響いた。
彼は、浸っていた思い出の中から意識を戻すかのように我に返った。
しかし、彼の心の奥では、再度あの記憶に戻りたいという欲望が渦巻いていた。
「もう帰ろう」と大輔が囁くと、友人たちは安堵の表情を浮かべた。
しかし、その瞬間、彼の耳元で再び声が聞こえる。
「お前たちの願いを実現してやろう。思い出の中で生き続けろ…」
大輔はその声に惑わされ、再び洞窟の奥に進むことを決意した。
しかし、友人たちは彼を止めようとしたが、その引力に引き寄せられ、大輔は洞窟の中で姿を消した。
翌日、民宿に戻った友人たちは、大輔が彼らの目の前から消えたことを思い出すことはできなかった。
周囲の景色も彼らの記憶から消えていく。
そして、洞窟の奥には、また一人の囚われた者が静かに想い出を抱えたまま、永遠に彷徨うことになったのだった。
それから数年後、ひどく晴れた夏の日、洞窟には再び若者たちの姿が見られる。
しかし、決して戻ることはない。
彼らは忘れられた記憶の中で生きる存在となり、時折、洞窟の冷たい風とともに囁くのであった。
「お前たちの人生を忘れてしまえ…」